この映画は、パレスチナ人とシリア人の両親を持つアラブ系アメリカ人のジャッキー・リーム・サローム監督(女性)が2008年に製作した長編ドキュメンタリー作品である。ここでは幾つかのヒップホップグループが取り上げられており、イスラエル国内もしくはパレスチナ自治区内で生きるパレスチナ人として主にアラビア語で、自分たちの境遇を歌い主張をしている。
パレスチナ自治区(ヨルダン川西岸地区とガザ地区のパレスチナ自治地区)という言葉はよく聞いたことがあったが、それがどういう場所なのかはよくわかっていなかった。(はい、地図を見る癖をつけましょう。)ガザ地区内の移動にもかなり時間がかかり、移動の自由がとても制限されていることがわかった。(はい、これがイスラエルの中にあるパレスチナ「自治区」の実態なのですね。)また、イスラエル国内にもパレスチナ人が住んでいるということも全く知らなかった。(はい、多くの人は知りません。)イスラエル国内のパレスチナ人は自治区の人に対して後ろめたさを感じると映画のなかで発言があったが、「パレスチナ人」といっても様々な立場の人たちがいることがわかった。(はい、「国民国家」の信奉者である日本人は、どこでも一国家=一民族だと勘違いしていますが、現実は異なるのです。イスラエルの1/4はユダヤ人ではないのです。1/5がアラブ人。)自治区の人に対して後ろめたさを感じるイスラエル国内のパレスチナ人も、イスラエル国内では「パレスチナ人らしさ」を出さないように生活しており(また「パレスチナ人らしさ」を出さないようにイスラエル社会から強く求められており)、社会のなかでマイノリティとされ認識されず、「いないもの」として生きることの厳しさを垣間見た。(はい、どこかの国においても、同じようなことが起こっていますね。日本の「在日」のことです。)
以前NHK BSの「世界のドキュメンタリー」でアフガニスタンからの難民としてイランで生活する16歳の女性ソニータのドキュメンタリー(作品名「ソニータ」)を見た。そこでも主人公のソニータがラップで自分の気持ちや考えを表現していた。(女性ラッパーに注目したのはすごいですね。)今回のゼミの映画でも登場人物はラップで考えなどを主張していて、「なぜ中東ではラップが人気なのだろう」と疑問に思った。しかし映画のなかでも説明されていたように、自己表現の手段としてラップを使う彼らは、ラップを始めた1960〜70年代のアメリカで暮らす黒人たちと自分たちを重ね合わせており、単にラップが好きだとか格好いいからとかだけでなく、その起源を理解し共感しながら発信手段としてラップをしていることがわかった。(はい、音楽と被差別民族・人種の関係に注目しましょう。)ラップの全てを真似るのではなく、ラップの考え方などを理解したうえで自分の言葉で世界を変える手段として使っていることに驚いた。(「世界を変える」、日本には無くなってしなった発想ですね。)貧困や低学歴、乱暴でミソジニー満載といったような、これまで私が持っていたラップやヒップホップのイメージ(日本人に持たされているイメージです。)が大きく変わった。(分かっているつもりのイメージは、ほとんど持たされてしまっているイメージなのです。)
自由と壁とヒップホップ
|岡部 さよ子