カンダハールB5W41902 瀬島菜那
女性が、自殺する旨が書かれた妹からの手紙をもらったことで、アフガニスタンのカンダハールに向かうという映画だった。1999年のタリバン政権下の出来事であることを理解しましょう。90年前後から2001年そして現代のアフガンの歴史を理解しましょう。歴史を理解するとは、年表を覚えることではなく、世界史の流れを、物語として理解することです。
映画の中で、足を失った人がたくさん出てきた。どうしてあんなにたくさんの人が足を失っていたのだろうか。どこかに地雷がたくさん埋まっていたのだろうが、どうして地雷を埋めるに至ったのかが気になった。アフガンの90年代の歴史を理解しましょう。
タリバンの兵士育成をするための学校があることが印象的だった。コーランを勉強しているように見せかけて兵士を育てていた。貧しい人でも学ぶことができるため、たくさんの子供たちが学校で学んでいた。アフガン零年でもそうだったが、兵士を育てるために子供に教育を施していた。ああいった小さな子に対して、兵士を養成するような教育をするのは、子供は大人より洗脳しやすく、兵士になることを疑わない人間を育てられるから、という理由があるのかもしれない。また、子供という立場が弱いため、力を持った人にいいように使われやすいのかもしれない。タリバン政権がどのようなものであるかを理解しましょう。少年兵は、敵にとっても「敵」」だと認識しづらいので、「兵」として有効なのです。しかし、「少年兵」になってしまった「少年」は、正規の教育も受けておらず、「兵」の知識しかなく、「兵」のトラウマを抱えて一生過ごすことになります。
作中の女性たちがおしゃれをしている場面があった。ブルカは被らないといけなくても、見えないところでアクセサリーをつけたり、マニキュアを塗っていたりしていた。また、人によってブルカの色やデザインに違いがあった。現在、イスラム・ファッションが消費社会化を迎えており、日本でも流行し始めています。そのようにおしゃれをしているということが、抵抗のしるしとなっているという意見がゼミであがった。この抵抗する対象というのは、タリバン政権なのか、それともブルカを被れと規定してくる宗教なのか、わからなかった。当面の敵は、イスラム原理主義のタリバン勢力です。「権力」と「抵抗」を理解するためにも、アフガンのこの30年の歴史を理解しましょう。
医者が診察するのにカーテンの穴から覗き、少年を仲介して話しながら診察している場面があった。直接女性を見てはいけず、話してもいけないから、あのような診察をしていたのだろう。イスラム教を信仰している女性はみな姿を見られないよう服で隠している。女性にあのような格好をさせているのは、女性が肌を見せていると男性が興奮してしまう、と考えるからなのだろうか。はい、イスラム原理主義のタリバン政権の考え方です。男女観の貧困さを理解して、日本はそれとどのくらい違うのか(同じなのか)理解しましょう。