サウジアラビアが舞台で、少女が自転車を手に入れるまでを描いた作品だった。作中で、女の子は自転車にのってはいけないことや、女子生徒同士で手をつないではいけないこと、ペディキュアなどをしておしゃれをしてはいけないことなど、理由のはっきりしない決まりがたくさんあった。イスラム国サウジアラビアの現実を知っていきましょう。女の子であるからといって自転車にのっていたら妊娠できなくなることはないし、女子生徒で手をつないでいるだけで恋人同士である理由にはならない。生徒がおしゃれをするのを禁止しているにもかかわらず先生は綺麗な服を着てメイクもしていて、彼らのルールには整合性がないものばかりだった。イスラム国の女性観の現実を理解できるようになりましょう。このような、よくわからないけど守らなくてはいけないルールがたくさんあるという点は、日本と似ているように思う。(日本ではこれらはサウジアラビアとは違って「違法」ではありません。)人と同じでなければいけなくて、人と違うことをすると非難されたり、仲間から排除されたり、上から目線で説教されたりする。(イスラム教を媒介になされている事実を知りましょう。)人が作ったルールを妄信してしまうのは、自分で考えるような訓練がされていないからなのだろうか。人から言われたことを守らされてばかりで、自分の意見を言わせてもらえないことも原因なのだろうか。自分で考えようとしない人ばかりだと、社会はどんどん悪くなってしまうのでないかと危機感を感じる。(これは日本社会の分析ですね)イスラム国の現実を理解しましょう。
また、作中で、男性が飲んでいて、女性が食事を運ぶシーンがあった。性別役割分業はサウジアラビアでもあることが分かった。(イスラム教の現実を理解しましょう。)日本も相変わらずでうんざりする。(日本は、イスラム国ではありません。)女性が職場に進出しても家事育児は相変わらず女性の仕事だ。単純に女性が家事を放棄すれば解決する問題ではないだろうし、家事や育児は簡単に放棄できない。男性が家事や育児に参加するようになるには男性自身の考え方が変わることが必要だろうが、そんなに簡単に考えを変えられるなら苦労しない。性別役割分業がすぐになくなることはないだろうが、なくなってほしいと思う。他力本願の願いでなく、なぜ、そうなっているのかの性別役割分業の「社会構造」を理解できるようになりましょう。