『モガディシュ 脱出までの14日間』本予告(New)
7月1日(金)全国ロードショー
韓国民主化から3年、ソウル五輪からわずか2年後に起こった知られざる実話の映画化を手掛けたのは、『ベテラン』『ベルリンファイル』『生き残るための3つの取引』などジャンルの枠にとらわれない新鮮な発想と社会を貫く視線で、観客を常に魅了し続けるリュ・スンワン監督。 当時のアメリカ海軍の記録から国内外交協会の記事、ソマリア国営テレビの資料など徹底した事前調査を行い、撮影は西アフリカモロッコでのオールロケを実施するなど内戦当時の状況を克明に再現! キャストにはキム・ユンソク(『1987、ある闘いの真実』)、ホ・ジュノ(『国家が破産する日』)、チョ・インソン(『ザ・キング』)、ク・ギョファン(『新感染半島 ファイナル・ステージ』)など韓国最高の俳優陣が顔を揃え、色々な思惑の中、韓国と北朝鮮の大使館員たちの生死を駆けた脱出の真実に迫った。
監督:リュ・スンワン
出演:キム・ユンソク、ホ・ジュノ、チョ・インソン、ク・ギョファン、キム・ソジン、チョン・マンシク
原題:모가디슈ESCAPE FROM MOGADISHU/2021年/韓国/カラー/121分/シネスコ/5.1ch/字幕翻訳:根本理恵
(c)2021 LOTTE ENTERTAINMENT & DEXTER STUDIOS & FILMMAKERS R&K All Rights Reserved.
mogadishu-movie.com
『モガディシュ 脱出までの14日間』ファーストシーン本編映像
リュ・スンワン監督メッセージ&見どころメイキング映像 韓国映画『モガディシュ 脱出までの14日間』【2022年7月1日公開】
リュ・スンワン監督より、日本公開に向けてのメッセージ動画が到着!さらにキム・ユンソクらキャストが本作の見どころを語る、撮影風景満載のメイキング映像が到着した。
「こんにちは!」と日本語からはじまったリュ・スンワン監督からのメッセージ動画。「『モガディシュ』がもうすぐ日本で公開と聞き、皆さんに見て頂けることを、とても嬉しく思っています」とあいさつ。
そして「『モガディシュ』は1990年代初め、ソマリアの首都モガディシュで、現地で発生した内戦の混乱のなか、韓国と北朝鮮の大使館員たちが生き残るために必死に国外へ脱出しようとする、実話に基づく映画です」と本作を紹介。そして、「この作品の熱い人間ドラマ、そして緊張感とスペクタクルを スクリーンを通して体感して頂けると思います。ぜひ映画館でご覧ください!」と熱い想いが伝わるメッセージを寄せ、最後も「ありがとうございます」と日本語で締めている。
ソマリア内戦に巻き込まれた韓国と北朝鮮の大使館員たちの生死をかけた脱出を描いた本作は、2021年7月に韓国で公開されると、コロナ禍にも関わらず観客が押し寄せ、興行収入30億円を突破する大ヒットを記録した。
キャストには、韓国のハン大使にキム・ユンソク(『1987、ある闘いの真実』)、カン・テジン参事官にチョ・インソン(『ザ・キング』)。この二人は本作が初共演となる。対する北朝鮮のリム大使にホ・ジュノ(『国家が破産する日』)、さらに『新感染半島 ファイナル・ステージ』など話題作への出演が相次ぎ、今最も注目される俳優ク・ギョファンが北朝鮮側のテ・ジュンギ参事官を演じるなど、韓国最高の俳優陣が勢ぞろいし、絶体絶命の状況に陥った人々を熱く演じている。
続くメイキング映像では、モロッコでオールロケーション撮影が行われ、多くの現地エキストラを使い、反乱軍による暴動や銃撃戦の撮影が映し出される中、韓国のハン大使役のキム・ユンソクは「スペクタクルに富み、キャラクターとドラマがしっかりしている」と見どころをコメント。
またチョ・インソンが「躍動感を感じてもらえるだろう」と語れば、ク・ギョファンは「早くこの映画をやりたいと思った」と話し、キャストの熱量が伝わる。 さらにリュ・スンワン監督は「80~90年代にアフリカで勤務していた外交官の方々に実際にお会いして、彼らが語ったことを再現しようとした」と説明。
キム・ユンソクも「この映画のすごいところは、キャラクター、ドラマ、目的、ビジュアル、すべてがそろっていること」と自信を見せる。そして「孤立した人々の恐怖や不安や緊張感がリアルに感じられるだろう」というチョ・インソンの言葉どおり、圧倒的なリアリティは見逃し厳禁!ぜひ劇場で体感してほしい。
監督:リュ・スンワン
出演:キム・ユンソク、ホ・ジュノ、チョ・インソン、ク・ギョファン、キム・ソジン、チョン・マンシク
原題:모가디슈ESCAPE FROM MOGADISHU/2021年/韓国/カラー/121分/シネスコ/5.1ch/字幕翻訳:根本理恵
(C)2021 LOTTE ENTERTAINMENT & DEXTER STUDIOS & FILMMAKERS R&K All Rights Reserved.
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提供:カルチュア・エンタテインメント
配給:ツイン、 カルチュア・パブリッシャーズ
宣伝プロデュース:ブレイントラスト
名優たちが語る、異国での撮影の舞台裏『モガディシュ 脱出までの14日間』キャストインタビュー映像
『モガディシュ 脱出までの14日間』/7月1日(金)公開
作品情報はこちら:https://moviewalker.jp/mv76861/?mw=yo…
配給:ツイン、カルチュア・パブリッシャーズ
ムビチケの購入はこちら:https://mvtk.jp/Film/076861/?mw=youtube
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https://eiga.com/movie/96943/
「ベルリンファイル」「生き残るための3つの取引」のリュ・スンワン監督がメガホンをとり、韓国民主化から3年、ソウル五輪からわずか2年後の1990年、ソマリアで内戦に巻き込まれた韓国と北朝鮮の大使館員たちによる脱出劇を映画化。ソウル五輪を成功させた韓国は1990年、国連への加盟を目指して多数の投票権を持つアフリカ諸国でロビー活動を展開。ソマリアの首都モガディシュに駐在する韓国大使ハンも、ソマリア政府上層部の支持を取り付けようと奔走していた。一方、韓国に先んじてアフリカ諸国との外交を始めていた北朝鮮も同じく国連加盟を目指しており、両国間の妨害工作や情報操作はエスカレートしていく。そんな中、ソマリアで内戦が勃発。各国の大使館は略奪や焼き討ちにあい、外国人にも命の危険が迫る。大使館を追われた北朝鮮のリム大使は、職員と家族たちを連れ、絶対に相容れない韓国大使館へ助けを求めることを決める。ハン大使役に「1987、ある闘いの真実」のキム・ユンソク、リム大使役に「国家が破産する日」のホ・ジュノ。第42回青龍映画賞で作品賞、監督賞ほか5部門を受賞し、韓国で大ヒットを記録した。
2021年製作/121分/G/韓国
原題:Escape from Mogadishu
配給:ツイン
https://ja.wikipedia.org/wiki/モガディシュ_脱出までの14日間
公式サイト:https://www.youtube.com/watch?v=fD0TF18IbmE
INTRODUCTION
1991年、ソマリアの内戦が激化し、反乱軍が首都のモガディシュを制圧、空港は封鎖され通信網が断たれる中、命の危険にさらされた外国人たちは、生死をかけて脱出しようとした。2021年にアフガニスタン政府が崩壊し、タリバンが政権復活を果たした時や、まさに今年のウクライナの緊張状態と同様の状況だ。つまり、いつどこで、誰に起こってもおかしくないことなのだ。
だが、その中に〈脱出劇の真実〉を公には語れなかった人々がいた。ソマリアに駐在していた韓国大使とその家族たちだ。いったいどんな運命のいたずらか、激しく敵対していた北朝鮮の大使たちと、脱出への死闘を共にすることになったのだ。近年になってようやく事件の顛末が公表され、知られざる事実への丹念なリサーチが行われ、映画化が実現した。
完成した作品が2021年7月に韓国で公開されると、コロナ禍にもかかわらず観客が押し寄せ、最終的には興行収入30億円を突破、2021年度の韓国映画No.1大ヒットとなった。さらに、メディアや評論家からも高く評価され、韓国の栄えある映画賞を次々と受賞、第94回アカデミー賞?国際長編映画賞部門の韓国代表作品にも選ばれた。今、世界で最も勢いのある韓国映画、その中でも最大の話題作が、ついに日本にも衝撃と感動を巻き起こす。

STORY
1990年、ソウル五輪で大成功を収め勢いづく韓国政府は国連への加盟を目指し、多数の投票権を持つアフリカ諸国へのロビー活動に励んでいた。ソマリアの首都モガディシュで韓国大使を務めるハン(キム・ユンソク)は、現地政府の上層部に何とか取り入ろうとしている。
一方、韓国より20年も早くアフリカ諸国との外交を始めていた北朝鮮のリム大使(ホ・ジュノ)も国連加盟のために奔走し、両国間の妨害工作や情報操作はエスカレートしていく。
そんな中、ソマリアの現政権に不満を持つ反乱軍による内戦が激化。暴徒に大使館を追われた北朝鮮のリム大使は、絶対に相容れない韓国大使館に助けを求める決意をする。果たして、ハン大使は彼らを受け入れるのか、全員で生きて脱出することができるのか、そしてその方法は──?
監督:リュ・スンワン
1973年12月15日生まれ。幼い頃からジャッキー・チェンやサモ・ハン・キンポーなどの香港映画に心酔する。アルバイトをしながら映画を撮り続け、1996年、初の短編映画『変質ヘッド(原題)』を制作。パク・チャヌク監督『三人組(原題)』(97)の演出部でも働く。長い下積み後に、インディーズで制作した『ダイ・バッド~死ぬかもしくは悪(ワル)になるか~』(00)で青龍映画賞新人監督賞を受賞。16mm作品でありながら、韓国アクション映画ファンに衝撃を与え観客が殺到、35mmにブローアップして拡大公開するというセンセーショナルなデビューとなった。『血も涙もなく』(02)で本格アクションに挑戦し、その後『ARAHAN アラハン』(04)、『クライング・フィスト 泣拳』(05)、『相棒 シティ・オブ・バイオレンス』(06)、ベルリン国際映画祭に正式出品された『生き残るための3つの取引』(10)を発表し、“韓国のタランティーノ”と称されている。ジャンルの枠にとらわれない新鮮な発想と社会を貫く視線、映画が終わっても脳裏に残るシーンたちは、コロナ渦で映画を観る楽しさを忘れかけた観客に、改めて劇場で映画を観る喜びを教えてくれる。
Filmography
『軍艦島(原題)』(2017), 『ベテラン』(2015), 『新村ゾンビ漫画(原題)』(2014), 『ベルリンファイル』(2013), 『生き残るための3つの取引』(2010), 『史上最強スパイ Mr.タチマワリ! 爆笑世界珍道中』(2008), 『相棒 シティ・オブ・バイオレンス』(2006), 『クライング・フィスト 泣拳』(2005), 『ARAHAN アラハン』(2004), 『血も涙もなく』(2002), 『ダイ・バッド ~死ぬか、もしくは悪になるか~』(2000)ほか
https://ja.wikipedia.org/wiki/リュ・スンワン
PRODUCTION NOTE
映画の時代背景である1991年は、韓国がまだ国連に加入していなかった時期だった。1986年のアジア競技大会と、1988年のソウルオリンピックを経てグローバル化を掲げていた韓国は、国際社会に認められようと国連への加入を試みる。加入には国連加盟国の投票が重要であり、ソマリアがどの国に票を入れるのかが鍵となる状況だった。韓国と北朝鮮は、それぞれ支持を得ようと外交戦を繰り広げる。
当時、北朝鮮はヨーロッパとアフリカの国々とは韓国よりも20年も前から対外外交を始めていたため、外交的には優勢であった。1990年後半には情報戦まで繰り広げ、韓国の安全企画部と北朝鮮の保衛部まで大使館に加勢して加熱した外交合戦を行っていた時代だ。
そんな時、ソマリアでは、後に取り返しのつかない内戦に発展するデモが始まっていた。『モガディシュ』の前半では韓国大使館ハン・シンソン大使(キム・ユンソク)たちが必死に韓国をアピールする過程を描いている。彼らが一日でも早く韓国に帰れる日を待ちわびながら遠い外国での生活をしていた時、市民デモが内戦へと変わり始める。
戦争を彷彿させるような状況が続くと、韓国大使館は電気、食糧など基本的な資源から隣国との連絡まで途絶えてしまう状態に陥る。そんなある日、北朝鮮のリム・ヨンス大使(ホ・ジュノ)及び北朝鮮大使館の職員たちが韓国大使館に助けを求めにやって来て、緊張感漂う必死の脱出劇が始まる。彼らは国家と理念を越え、ただ故郷に帰るための策を講じ始める。『モガディシュ』は、この現実とは思えない状況でただ生き残るために渾身の力を注いだ人々の物語を描いている。
一方で、実話というこの信じられない話を映画化する際、制作陣はリアリティを追求する努力を最優先とした。文化的にとても距離の遠いアフリカが舞台であり、さらにソマリアは現在、渡航禁止国家にも含まれているため、事前の資料調査が極めて重要だった。当時のソマリア国営テレビの社長の資料、従軍記者の写真、交換留学生として韓国に来ているソマリアの大学生、軍事専門家、アフリカを研究する大学教授などに行った様々な取材や得られた資料は、『モガディシュ』のような実話をもとにした映画のプリプロダクションに大きく役立った。

エンターテインメント性と作家性のある韓国映画を世に送り出してきたスタッフが、『モガディシュ』のために集まった。リュ・スンワン監督を筆頭に、海外ロケを成功させるために『ベルリンファイル』のスタッフが再び集結したのだ。
まず、リュ・スンワン監督とスタッフは、1991年ソマリア内戦当時の状況をスクリーンにそのまま映し出すために細かな資料調査に力を入れた。このために当時のアメリカ海軍の記録から国内外交協会の記事、当時のソマリアTV国営市場の書籍まで徹底した資料調査を進めた。これだけにとどまらず、「バガボンド」に参加していたテ・サンホ軍事専門記者にヒアリングをし、1991年当時、内戦で使われた銃器まで細かに把握し、モガディシュを再現するために努力をした。
これに、『ブラックパンサー』『オクジャ/okja』など世界的な作品で認められたイ・ジェヒョク照明監督など一流のスタッフが集結し、熱気あふれる現場を作り出した。
イ・ジェヒョク照明監督と『ベテラン』『ベルリンファイル』『10人の泥棒たち』など様々な作品で活躍してきチェ・ヨンファン撮影監督は意気投合し、異国的なビジュアルと孤立した状況を体感するようなビジュアルを作るために力を注いだ。このために現場の光を利用したプラクテイカル・ライトを積極的に活用し、俳優たちの躍動感のある熱演をカメラに収めた。
また、『モガディシュ』は慣れない空間で生活をしなければならない人物たちの姿を映し出すために、ぎこちないながらも自然な姿を見せることが一番大きな課題だった。キム・ボムク美術監督は現実性を高めることに重点を置き、アラブ風の建物の中に韓国から空輸した小道具を配置するなど、細部にまでこだわったセットで大使館内部の装飾を行った。ユン・デウォン武術監督は内戦の状況を表現するために、現地に住む演技未経験者たちをキャスティングし、毎日アクションのトレーニングを行った。互いの言葉は通じないが、アクション演技を通じでコミュニケーションを取る彼らは、モガディシュ内戦のど真ん中に来ているようなリアルな状況を具現化した。
このように各分野を代表するスタッフたちがシナジー効果を発揮している『モガディシュ』は、観客を内戦の混乱真っ只中のモガディシュへと導く。
『モガディシュ』の異国情緒あふれる圧倒的なスケールを実現した要素の一つは、西アフリカのモロッコで行われたオールロケの撮影だ。リュ・スンワン監督は「現在行くことのできないモガディシュを再現できる、最も適した撮影地がモロッコだった。予算的にも撮影に適した水準だった」と、モロッコを映画の撮影地に選んだ理由を明らかにした。キム・ユンソクもまた、「モロッコの景色や文化などすべて忘れることができない」と言うほど、ソマリアをそのまま再現したモロッコの空間に感嘆した。
実際に『モガディシュ』のスタッフは渡航禁止国家に指定されているソマリアの代わりに、異国的な風景を再現できる空間を探し出すために4カ月間もアフリカでロケハンを行った。
懸命な努力の末、実際にソマリアと似ている環境のあるモロッコの都市エッサウィラを最終撮影地に決めた。これにはかつての駐ソマリア大使館職員も、最適なロケーションを見つけたと感心したという後日談がある。このように、モガディシュをそのまま再現した空間で100%オールロケーションを行い、映画のスケール感と壮大な雰囲気を具現化し、風景そのものが映画の中のひとつの主人公の役割を果たしている。
一方、このすべての海外ロケのために、スタッフは現地プロダクションチームや、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』『ボーン・アルティメイタム』『グラディエーター』など様々な作品で活動してきたロケーションマネージャーのムハンマド・ベンハマーマーンと共に、適切な事前準備を行った。
まず、シナリオと一致した撮影環境を作り出すために撮影6カ月前から政府の協力を得るのは勿論、現地で撮影した写真資料などを通じて空間に合うコンセプトを作り、映画の背景とそれに合った空間を作ることに重点を置いた。彼らは舗装された道路の上に直接土を重ね、90年代当時のソマリアの舗装されていない道路を完成させ、モロッコの建物の上にソマリアの建築様式まで再現し、リアリティを追求した。さらにモロッコの強烈な自然光もしっかり収めるため、時間帯別に細かく撮影を行い、異国的な風景の頂点を形作った。
このようにして『モガディシュ』チームは3カ月の撮影の間、言葉や文化の違いによる壁も乗り越え、モロッコでのオールロケを完成させた。
横浜ブルク13: 17:05-19:15 (121分)
町山智浩 映画『モガディシュ 脱出までの14日間』2022.05.10
モガディシュ 脱出までの14日間(原題:Escape from Mogadishu)
劇場公開日 2022年7月1日
・1990年、ソマリアで内戦に巻き込まれた韓国と北朝鮮の大使館員たちによる脱出劇を映画化。第42回青龍映画賞で作品賞、監督賞ほか5部門を受賞し、韓国で大ヒットを記録した。
監督 リュ・スンワン(ベルリンファイル、生き残るための3つの取引)
主演 キム・ユンソク、ホ・ジュノ
#町山智浩 #たまむすび #アメリカ流れ者
https://ameblo.jp/7owl/entry-12742123156.html
町山智浩『モガディシュ 脱出までの14日間』を語る
https://ja.wikipedia.org/wiki/モガディシュ
https://kotobank.jp/word/モガディシュ-680337
Mogadishu
インド洋に臨む海港都市。ソマリアの首都。別名モガディシオ
10世紀ごろからインド洋交易で成長し,アラブ人が多数来航した。15世紀前半には鄭和の南海遠征の分遣隊が寄港し,1498年にはヴァスコ=ダ=ガマも帰路立ち寄った。1870年代にザンジバルのスルタンが占領したが,1905年イタリアの植民地(イタリア領ソマリランド)の主都となり,第二次世界大戦中イギリスが占領,60年のソマリア独立で,首都になった。1992年に激化したソマリア内戦の舞台にもなった。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/somali/data.html