4/29公開『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』予告編
「モナ・リザ、12歳」で注目を浴びアート界の頂点へ/映画『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』本編映像
ボテロがある女性キュレーターとの奇跡的な出会いを語る!『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』本編映像解禁!世界中から愛されるアーティスト、フェルナンド・ボテロ。多幸感あふれる創作の秘密、波乱万丈の人生に迫る傑作ドキュメンタリー。
世界で最も有名な存命の芸術家、フェルナンド・ボテロ。人間も静物もなぜだかみんなふっくら、ぷっくりと膨らみ、素朴でユーモアあふれる作風が愛される巨匠。90歳のマエストロは現在も毎朝アトリエに通い、多幸感あふれる独創的な作品を生み出し続けている。
本作では、幼い頃に父を失った貧しい少年が、闘牛士学校に通いながらスケッチ画を描いていた原点から、対象物をぽってりと誇張する“ボテリズム”に目覚め、『モナ・リザ、12歳』のMoMA展示で一躍注目を浴びアート界の頂点へとたどり着いた軌跡を追いかける。一方でコロンビア出身という出自で差別され、ポップアートや抽象表現主義全盛期に具象画を描く頑なさを批判されたことも。愛息の死、自身の利き手の一部を失う悲劇など、精神的にも肉体的にも作家生命が危ぶまれた衝撃の過去が明かされる――。
この度解禁された本編映像では、ボテロを発掘した著名なキュレーター、ドロシー・ミラーとボテロとの出会いの場面について、ボテロ本人が語っている貴重なシーン。
規範や流行りにはこだわらずに、才能のある若い芸術家を発掘していた若い女性キュレーターのドロシー・ミラーが、ボテロの隣に住んでいた芸術家を訪ねた時に「隣の芸術家も見ていった方がいい」と言われ、ボテロの部屋を訪れたことがボテロが有名になるきっかけになったという。ボテロが「私の「モナ・リザ」を観て、彼女は言った。”これこそモダンアートよ“」と語ると、ボテロの子供たちが「もしその時、父さんが留守だったら?これは奇跡だ」と興奮しながら質問すると、ボテロは「私が留守だったら人生は変わってたね」と当時を振り返っている。
世界で最も有名な存命の芸術家、フェルナンド・ボテロが誕生するきっかけとなった貴重なエピソードが明かされている。コロンビア出身の無名な一人の芸術家が、どの様にして世界一有名な画家へとなり得たのか―。
『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』は2022年4月29日公開
映画『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』特別映像①
映画『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』特別映像③
映画『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』特別映像④
https://eiga.com/movie/96228/
独創的で多幸感あふれる作風で世界中から愛されるコロンビア出身の画家フェルナンド・ボテロの魅力に迫るドキュメンタリー。人物や動物をふくよかな体型で表現したユーモアあふれる作品で注目され、89歳の現在も創作を続けるフェルナンド・ボテロ。ヨーロッパ、ニューヨーク、中国、コロンビアで長年にわたって撮影されてきた映像と、ボテロ本人や家族、歴史家、キュレーターの証言などを通し、その素顔と魅力的な作品の数々を紹介。田舎町出身の無名画家だった彼が、いかにして芸術界の頂点へと上り詰めたのかをひも解いていく。
2018年製作/82分/G/カナダ
原題:Botero
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:https://botero-movie.com

世界で最も有名な存命の芸術家、フェルナンド・ボテロ。人間も静物もなぜだかみんなふっくら、ぷっくりと膨らみ、素朴でユーモアあふれる作風が愛される“南米のピカソ”だ。90歳のマエストロは現在も毎朝アトリエに通い、多幸感あふれる独創的な作品を生み出し続けている。本作では、幼い頃に父を失った貧しい少年が、闘牛士学校に通いながらスケッチ画を描いていた原点から、対象物をぽってりと誇張する“ボテリズム”に目覚め、《12歳のモナ・リザ》 のMoMA展示で一躍注目を浴びアート界の頂点へとたどり着いた軌跡を追いかける。一方でコロンビア出身という出自で差別され、ポップアートや抽象表現主義全盛期に具象画を描く頑なさを批判されたことも。愛息の死、自身の利き手の一部を失う悲劇など、精神的にも肉体的にも作家生命が危ぶまれた衝撃の過去が明かされる――。


日本に初めてお目見えしたのは、1981年6月の西武美術館での展覧会だ。一度目にしたら忘れられないユニークなフォルムと陽気な色彩は日本でも大きな話題となり、今では全国各地の美術館や街角にプクプクした彫刻が設置されている。4月からは、26年ぶりとなる大規模展『ボテロ展 ふくよかな魔法』が、Bunkamuraザ・ミュージアムなど全国3ヶ所を巡回する。 なぜ、すべてをふくよかにするのか? そこに込めた意味とは。唯一無二の独創性を貫く信念について、ボテロ本人、そして波乱万丈の人生を一緒に歩いてきたファミリーが語りきる貴重なドキュメンタリー!

肖像画といえば、一般的に写真のように端正に描かれた作品をイメージしてしまうかもしれません。ですが、ボテロの肖像画には、まるで風船のように膨れ上がったオーバーサイズの人物しか登場しません。今まで見たことのないようなオリジナリティが感じられます。
美術史を紐解くと、過去には幾人もの巨匠が女性の美しさを強調するため、自らの好みを反映させて豊満な女性を数多く描いてきました。ですが、ボテロの作品は、豊満・・・というレベルを遥かに超えているようです。しかも、女性だけにとどまらず、人間なら老若男女全てが平等に巨大化しています。馬やネコといった動物から、植物や生活道具まで、あらゆるモチーフが徹底して重量感あふれる姿で描かれていることがわかります。
そうなると、誰しもが頭にクエスチョンマークが思い浮かぶのではないかと思います。「なぜ、ボテロはこんなに太った人物ばかりを好んで描くのだろうか?」という素朴な疑問です。実際、インターネット上に数多くアップされているインタビューを見ても、大半の記事で、ボテロはこれと同じような質問を記者から受けています。
さて、これに対してボテロは何と答えているのでしょうか。実は、一言で「~~~だからだ」と明確に言い切っている回答はありません。一言で表現できるほど単純なものではないのでしょう。ですが、終始一貫ブレずに主張しているのは、「決して太った女性を描こうとしているわけではない」ということです。
西洋美術の巨匠ルーベンスやルノワールは、豊満な女性が好きでした。故に、彼らの描くヴィーナス像のボディーラインは、自然と丸みを帯びていきました。一方、ボテロが豊満さを求める対象は女性に(どころか、人間にさえ)限られません。また、人々を驚かそうとして、ワザとこうした作風を採用したわけでもありません。ただ、「描く対象の美しさや官能性を追求していった結果、徐々に今の作風にたどりついたのだ」と繰り返し語っています。
では、こうした「ふくよかさ」はいつ頃、どのようにして自らの作風として確立されていったのでしょうか。そこで、映画前編でも語られている、ボテロの作家人生においてターニングポイントとなった作品や出来事を振り返ってみることにいたしましょう。

ボテロが画家を目指そうと決意したのは10代半ばのこと。叔父の勧めで一旦は闘牛士を養成する学校へと通います。しかし学校では、ボテロは闘牛士になるための訓練よりも、闘牛の絵を描くことに夢中になってしまいます。最初は闘牛士の売店でのささやかな委託販売からはじまり、(※初めての売上2ペソは自宅に帰る途中で落としてしまった)その後は、地元で商業誌のイラストレーターとして食いつなぎながら画家への夢を追い続けることになります。
この頃の作品を見てみると、すでに「ふくよかさ」への萌芽は見えているものの、他の画家に比べて極端に膨れ上がったフォルムで描かれているわけではありません。どちらかといえば、セザンヌやルオー、ピカソといった近代絵画の巨匠をミックスさせたような画風に近いようにも見えます。
ところで、長らく西洋の植民地として文化的に抑圧されていた当時のコロンビアは、(誤解を恐れず言えば)一種の「文化の空白地帯」になっていたともいえます。当時、ボテロの生まれ故郷メデジンには美術館も画廊もなく、絵画について深く学びたいと思ったら、海外へ留学するしかなかった状況でした。そこで留学資金が貯まると、ボテロは一路ヨーロッパを目指します。思い立ったらすぐに現場に飛んでいってしまうのがボテロの凄いところです。
まず最初にたどり着いたスペインでは、ベラスケスやゴヤといった巨匠の作品から学びます。ひと夏をパリで過ごした後、ついでイタリア・ルネサンスの巨匠ピエロ・デラ・フランチェスカに惹かれてイタリア・フィレンツェへと移住。
ボテロが「ふくよかさ」や「豊満さ」を意識し始めたのは、このフィレンツェでした。イタリア・ルネサンス期に活躍した画家たちの絵を見たり、大学で絵画理論の講義を受けたことがきっかけとなります。
それまでも、直感に基づいて無意識に量感を感じさせる絵を描いていましたが、イタリア留学を経て、「ふくよかさ」への希求をハッキリと心に抱くようになったのです。以後、ボテロの絵は丸みを帯びながら、多数の人物が入り乱れて登場する構図、人物たちの躍動するポーズなど、イタリア・ルネサンス絵画から学んだエッセンスがカンヴァスに色濃く反映されていくことになります。
そこから資金が尽きて一旦は祖国コロンビアへと帰国。ほどなくして、南米人としての自らのルーツを追求するため、今度はメキシコへ移住します。
そこで、ついにボテロに決定的なインスピレーションが降りてきます。
映画でも詳しく語られていますが、その瞬間は、ある日彼がアトリエでマンドリンの絵を描いている時に突然やってきました。丸々とした大きな形でマンドリンを描き、最後に開口部を意識的に小さく描いてみたところ、マンドリンがとてつもなく大きく膨れ上がって、爆発したような感覚を得られたのです。
そこからさらに10年以上、ボテロの修行時代は続いていきます。映画内でも初期のスケッチや制作資料が収められた作品収蔵庫を彼の子どもたちが約40年ぶりに開けるシーンがありましたが、収蔵庫の中からは、ボテロが「ふくよかな」作風を目指して探求を続けてきた痕跡がわかるような、膨大な下絵や資料群が映し出されていました。
映画では、ボテロが人生の中で追求してきた「ふくよかさ」を様々な角度から掘り下げていきます。なぜ彼がこれほど世界中で愛される画家となったのか。「ふくよかさ」が鑑賞者に与える意味とは何なのか。このあたりを考えながら映画を楽しんでいただけるとより深い鑑賞体験が得られるのかもしれません。

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バンクーバーを拠点とする国際的な映画・テレビディレクターであり、ビジュアル・アーティスト、そして現代美術ギャラリーの元役員と幅広い分野で活躍している。主な監督作品に、気候変動ドキュメンタリー『OIL SHOCK』(17)、ラグビースターのハリー・ジョーンズに関する伝記映画『FULL FORCE』(16)、脚本も手掛けた『OFF THE CLOCK』(16)など。
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バンクーバーに拠点を置くプロデューサー、編集者、撮影監督。2012年から様々な短編作品、ドキュメンタリー、商業プロジェクトに携わっており、2015年にはサイモンフレーザー大学で映画制作の学士を取得。本作はプロデューサー兼撮影監督として初の長編プロジェクト。
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INASフィルムスクールで学んだブリュッセルに拠点を置く撮影監督。『BACKSTAGE ACTION』(18)、『SAMUEL IN THECLOUDS』(16)など、受賞歴のある様々なドキュメンタリーに撮影監督として携わる。また写真家としても定期的に展覧会を行うなど活躍中。
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バンクーバーを拠点にする映画編集者、脚本家、監督。モントリオールのコンコーディア大学でメディア研究の修士を取得。カナダ・スクリーン・アワードを受賞した『CHI』(13)、そして高い評価を得た『I AM Heath Ledger』(17)など、様々なドキュメンタリー作品に携わる。カナダ映画編集賞に3度ノミネート、LEO賞も2度受賞するなど高く評価されている。
Bunkamuraル・シネマ:12:30- 13:55 (82分)
https://www.bunkamura.co.jp/cinema/lineup/22_botero.html
https://kinocinema.jp/minatomirai/movie/movie-detail/411