予告編
「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」
2020年3月20日(金)全国公開!
1968年に大学の不正運営などに反対した学生が団結して始まった全国的な学生運動、特に最も武闘派と言われた東大全共闘に、言葉とペンを武器にする文学者・三島由紀夫は単身で乗り込んだ―。伝説となった「三島由紀夫VS東大全共闘」の記録を高精細映像にリストアし、当時の関係者や現代の文学者・ジャーナリストなどの識者他、三島由紀夫についての「生きた」証言を集め、約50年の時を経た今、ついにその全貌が明らかになる。
https://www.youtube.com/watch?v=e_4oilKslRU
3/17実施公開直前トークイベント ※期間限定※
1969年5月13日東京大学駒場キャンパス900番教室で行われた作家三島由紀夫と、東大全共闘との伝説の討論会の様子を軸に三島由紀夫の生き様を映したドキュメンタリー映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』が3月20日(金)に全国公開されます。 本作は、伝説となった「三島由紀夫VS東大全共闘」の記録を高精細映像にリストアし、当時の関係者や現代の文学者・ジャーナリストなどの識者他、三島由紀夫についての「生きた」証言を集め、ようやくその全貌が明らかとなる、1969年5月13日と約半世紀後の現代を結ぶ作品です。 本映像は3月17日(火)に実施した豊島圭介監督、ナレーションを務めた東出昌大氏が登壇した公開直前トークイベントとなります。
1969年5月に東京大学駒場キャンパスで行われた作家・三島由紀夫と東大全共闘との伝説の討論会の様子を軸に、三島の生き様を映したドキュメンタリー。1968年に大学の不正運営などに異を唱えた学生が団結し、全国的な盛り上がりを見せた学生運動。中でももっとも武闘派とうたわれた東大全共闘をはじめとする1000人を超える学生が集まる討論会が、69年に行われた。文学者・三島由紀夫は警視庁の警護の申し出を断り、単身で討論会に臨み、2時間半にわたり学生たちと議論を戦わせた。伝説とも言われる「三島由紀夫 VS 東大全共闘」のフィルム原盤をリストアした映像を中心に当時の関係者や現代の識者たちの証言とともに構成し、討論会の全貌、そして三島の人物像を検証していく。ナビゲーターを三島の小説「豊饒の海」の舞台版にも出演した東出昌大が務める。監督は「森山中教習所」「ヒーローマニア 生活」の豊島圭介。
公式サイト:https://gaga.ne.jp/mishimatodai/
https://ja.wikipedia.org/wiki/三島由紀夫vs東大全共闘~50年目の真実~
禁断のスクープ映像、その封印が遂に紐解かれた! 稀代の天才作家・三島由紀夫と、血気盛んな東大全共闘の討論会の全貌だ。時は1969年5月13日。東大駒場キャンパスの900番教室に、1000人を超える学生たちが集まり、三島を今か今かと待ち受けていた。旧体制変革のためには暴力も辞さない東大全共闘のメンバーが、この討論会の首謀者だ。世界各国が政治の季節に突入していたこの頃、日本でも自分たちの手で国を変えようとする学生運動が激化していた。この年の1月には、安田講堂を占拠していた東大全共闘に対して機動隊が出動、ガレキと火炎瓶で迎え撃った学生たちが、機動隊の催涙弾と放水攻撃の前に敗北するという事件が起きていた。今の日本では想像もつかないほど、センセーショナルな嵐が吹き荒れていた時代なのだ。そんな危険きわまりない若者たちが、「三島を論破して立ち往生させ、舞台の上で切腹させる」と盛り上がり、異様なテンションが充満している敵地に、三島は警察が申し出た警護も断り、その身一つで乗り込んで行った。この頃の三島はノーベル文学賞の候補にもあがった世界的な文豪であると同時に、俳優、映画監督、舞台演出家としても活躍し、その一挙手一投足が常にメディアを賑わせる、まさにカルチャー界のスーパースター的存在だった。一方で、肉体を鍛え上げ民兵組織〈楯の会〉を率いる天皇主義者としても知られていた。どこを切っても正反対、ベクトルは真逆の三島と東大全共闘。果たして、言葉の銃で撃ち合い、論理の剣で斬り合う、スリリングな討論アクションによる死闘の行方は─?
TBSだけが保管する、つまり〈世界にただ一つ〉の貴重な討論会の映像を、大きなスクリーンで観てもらいたいというプロデューサー陣の想いから、映画化が実現した。この討論会をより面白くより深く楽しむために、4人の識者に当時の時代背景、三島の文学的・政治的・社会的バックボーンとその人間性についての解説が依頼された。デビュー作「日蝕」で三島由紀夫の再来と称えられた小説家の平野啓一郎、この討論の翌年に東大に入学した神戸女学院大学名誉教授の内田樹、60年代の研究で知られる社会学者の小熊英二、三島にファンレターを出して以来交流のあった作家で僧侶の瀬戸内寂聴という錚々たる顔ぶれだ。さらに、東大全共闘随一の論客との呼び声高く、三島とドラマティックな舌戦を繰り広げた芥正彦を始めとする元東大全共闘のメンバー3人、三島の護衛のため自主的に900番教室に潜んでいた原昭弘を含む元楯の会一期生3人の生き証人が、今だからこそ話せる〈言葉と行動の裏側と真実〉を語り尽くす。そこへ、雑誌のカメラマンとして討論会に派遣されていた元新潮社カメラマン・清水寛、最前列で取材していた元TBS記者・小川邦雄の二人の目撃者と、三島と公私共に親しかった「平凡パンチ」の元編集者・椎根和が加わる。合計13人のインタビュイーが紐解くことによって、三島最大の謎である討論の翌年に決行された自決への想いまでもが炙り出されていく。また、この討論会を今こそ見るべき理由が明確となっていくのだ。ナレーターは、三島由紀夫原作の舞台「豊饒の海」で主演を務め、三島文学を愛する東出昌大。監督は900番教室で実際に学んでいた、東京大学教養学部卒業の豊島圭介。討論バトルに感銘を受け、自身も元東大全共闘の面々に勇猛果敢に切り込んだ。まばゆい輝きと圧倒的な熱量を放つ三島の言葉が学生たちを貫き、現代の私たちにも本気で生きる瞬間を体感させる、衝撃のドキュメンタリー。昭和から令和への貴重な遺産である〈伝説の討論会〉が、50年の時を経て永遠に蘇る─!
三島由紀夫年譜
https://gaga.ne.jp/mishimatodai/
PRODUCTION NOTES
すべての始まりは、「TBS社内に三島由紀夫の貴重な映像がある」という情報だった。企画プロデュース平野隆とプロデューサー刀根鉄太は、全部で4時間近くある映像を見て、東大全共闘との討論に目を奪われた。当時は三島についての知識はごく一般的だったという刀根は、「討論は難解で理解できない部分もあるのに〝とにかく面白い〟ことに驚きました」と語る。
この約80分の討論の映像はTBSだけにしか存在しない、つまり〝世界に一つだけ〟だと知った平野と刀根は、「これは絶対に後世に残さなければならない」「そして見る人に、あの900番教室にいるような感覚を味わってほしい。お茶の間でTVを見るのではなく、映画館の中で〝体感〟してもらいたい」との思いに駆られる。
監督は誰に依頼しようかと平野と話していた刀根の頭に、旧知の仲の豊島圭介がひらめく。「三島由紀夫を理解し、しかし入り込みすぎず、客観的かつ現代的な切り口で捉えるという絶妙なバランス感覚は、豊島さんしかいないと思いました」と刀根は説明する。
企画の最初の段階から、当事者や関係者、識者へのインタビューを織り交ぜて構成することを考えていた刀根には、監督を務めるにはかなりの勉強が必要だとわかっていた。「豊島さんなら、ものすごく勉強してくれるという確信がありました。また、非常に人間力に優れた方なので、相手から素晴らしいものを引き出せるはずだと。さらに、女性も男性も美しくチャーミングに撮れる監督なので、この素材のありのままのよさを出してくれると期待していました」
世界のあちこちで、政治的な嵐が吹き荒れていた1968~69年のことを、「真正面からきちんと取り組んだことはなかった」と語る豊島は、「いい機会だと張り切る反面、三島由紀夫とは、とんでもない仕事を引き受けてしまったとも思いました」と笑う。「取材相手のことを考えると恐怖に震えました(笑)が、教えていただこうというスタンスに切り替えてからは道が見えてきましたね」
何と言っても〝現場〟にいた方々に〝真実〟を語っていただこうと、当事者を探すことからスタートした。まずは、カメラと共に入ったTBSの記者だ。「定年退職された元キャスターの小川邦雄さんだとわかり、最前列から見ていた様子を伺いました」と刀根が説明する。
そして、東大全共闘随一の論客と呼ばれた、芥正彦氏は外せない。現在は劇作家、演出家、俳優、舞踏家、詩人という肩書を持つ芥氏との最初の面会という大役は、刀根と共同プロデューサーの大澤祐樹に委ねられた。「すごい目力と迫力でした。伝説の闘士は今も熱かったです。『なぜこれを映画にしたいんだ?』と詰め寄られて、ここでバシッと決めなければ引き受けていただけないだろうと必死でした。この奇跡的な討論を、下の世代にも引き継がなければならないという想いを懸命に話しました。『わかった、協力しよう』と言っていただけた時に、初めてこの企画はいけると思いましたね」と刀根が振り返る。本番のインタビューはなんと4時間に及んだ。豊島監督は「勝負だと思いました」とその時の気持ちを思い出す。「『お前、何も知らないな』と怒られる様子が撮れたら面白いなと思っていたら、本気で怒られました(笑)。これが自分の仕事だと頑張りましたが、話がどんどん脱線していって、勉強になりましたね」
当日の司会を務めた木村修氏からは、討論会の後日に三島と電話で話したという意外なエピソードも飛び出した。「あれで一気に討論会の見え方が変わりました。木村さんのお話を聞いて、三島に会ってしまった人たちというのは、やはり少なからず運命を変えられたのではないかと感じましたね」と豊島監督は指摘する。
「敗北」という言葉で言われることもあるが、全共闘運動の総括はどう果たされたのかという質問は、「総括されていないということは、終わっていない。つまり現代につながっていると考えて、この質問を用意しました」と豊島監督は説明するが、事前の質問表には入れていなかったという確信犯でもある。そんな監督について刀根は、「討論を見て、監督も熱くなっていたんじゃないですか。それにしても、あらためて監督はハートが強いなと思いました」と称賛する。
楯の会に関しては、報道局の人脈をフルに活用し、竹内と大澤が交渉係となり、最初は一水会を設立した鈴木邦男氏に会いに行った。すると、鈴木氏は「むしろもっと前からあの映像を世の中に出すべきだと思っていた」と応援したという。そこから、一水会にいる元楯の会の方を紹介してもらったり、楯の会の後進として残っている三島森田事務所に連絡したりしたが、「皆さん、とにかく最初はお話をしたがらなくて」と大澤が振り返る。「憲法改正と自決ということで切り取られることを、すごく嫌がっていらっしゃいました。そういう作品には絶対にしないとご説明させていただき、監督と事前取材し、あらためて本番を撮らせていただくという形にしました」
3人とも一期生だが、現場にいたのは、原昭弘氏だ。「全共闘の支配する場所に先生が行くということで先生の身に何かあってはいけない」と900番教室に潜んでいたという。宮澤章友氏は、三島と血判状を作ったメンバーの一人で、インタビューに答えるのは、「これが最初で最後です」と宣言されたという。「皆さん、そういう想いでした。自分が語ることで、亡き三島先生のイメージを崩すことを恐れてらっしゃいましたね。ただ、『そろそろ自分もいつ死ぬかわからないから残そうと思った』とおっしゃっていました。50年という節目と自分の年齢から、初めて話してくださったようです」と大澤が解説する。取材させて頂いた元楯の会のメンバーは1年後の自決について、「なぜ自分には教えてくれなかったのかと茫然とされたそうなのですが、最後に三島は全員と別々に会っていたそうなんですね。一人一人に向けて、異なることを語っていたと聞いて感動しました」
4人の識者は、それぞれの役割で選ばれた。平野啓一郎氏は三島文学に造詣が深く、三島の後継者とも言われている小説家だ。内田樹氏は、全共闘運動の後に東大に入学していて当事者に近い。小熊英二氏は、1968~69年あたりの時代を非常に研究している学者。瀬戸内寂聴氏は、実際に三島と会って親しくしていた。
平野氏と内田氏のインタビューを聞いて、スタッフ全員が様々な疑問が解けたという。小熊氏の時代背景の話で、尺の問題でカットせざるを得なかったが興味深かったのが、木村氏の学生服の話だ。当時、詰襟は右翼の学生が着る物と認識されていたので、木村氏は反動的だと指摘されて、会の途中で脱いだのだという。
「取材を終えたスタッフは、勉強になったり刺激を受けたりして、いつも高揚して帰ってくるのが印象的でした」と刀根が指摘する。「この映画のタイトルは『三島由紀夫VS東大全共闘』ですが、『豊島圭介VS13人の識者たち』の討論ものでもあります。芥さんにはぼろ負けでしたけれど」と笑う。「いえいえ勝とうとかとんでもない。胸を借りるつもりで向かい合いました」と答える豊島監督。
本作を2020年に公開することの意義について刀根はこう説明する。「今、顔の見えないネットの中では、罵詈雑言を言いたい放題という状況になっています。それに比べ、三島と東大全共闘は、非常に正々堂々と言葉の闘いを繰り広げている。現代の人に、まずその潔い姿勢を見てもらいたい。議論の中身も、様々な事象について、考えるきっかけを与えてくれます。とても良い一つの教材であると同時に、元気になるエナジードリンクのような素材だと思っています」
さらに、刀根は「受け取り方は人それぞれですし、見る人によって、見る日によっても違うと思います。毎日見ても、毎日違うことを感じるのではないでしょうか。世代によっても全く違うでしょうけれど、〝見なきゃ損する〟ということは、自信を持って言えます」と付け加える。
三島という存在を全く知らない若い世代にも見てほしいと、3人は口をそろえる。「もっと熱くなっていい、真剣に生きていいんだよと、背中を押すようなものになればいいですね。50年前に貴重なフィルムで撮りに行った先人たちを尊敬して、僕がそういう先輩になれるかどうかはわからないですが、せめて中継点にはなりたいと思いました」と刀根。
「過去で一番いろいろな三島が見られる作品になったと思います」と胸を張る大澤は、TBSのアーカイブ映像にも言及する。「街の中で火炎瓶を投げるなんて、今では全く考えられませんよね。それだけで衝撃的です。こういう時代が本当にあったというのを、映像で見られるというのも、アンダー40の人にはきっと楽しめるはずです」
豊島監督は、「この討論は、今を生きる自分たちにも関係のある話として届くといいなと願いながら作りました。と言うのも、当時の学生運動の映像を編集していて、現在の香港と同じことが起きていたのだなと。50年も時が隔たっているのに、なぜ同じことが起こり得るのか。逆に、なぜ日本は今そうなっていないのか。そんなことを検証するという意味でも、非常にタイムリーな作品になったと思います」と指摘する。さらに刀根は、「三島由紀夫というのは、やはりスーパースターだったのだと思います。この作品も、我々が彼に引き寄せられたのかもしれません。50年の節目に、三島に操られたのかもしれませんね」と感慨深げだ。
最後に平野が、こう締めくくる。「日本が生んだ最強の作家・三島由紀夫と知の巨人達との論戦はまるでアクション映画を観ているようにスリリングで手に汗握ります。この天才たちの饗宴は天才VS天才であるが故に時に難解ではありますが、理解するのではなく〝体感〟して頂ければ、最後に極上の感慨に浸ることも出来るかと思います」
INTERVIEWEE PROFILES
監督:豊島圭介
1971年静岡県浜松市生まれ。東京大学在学中のぴあフィルムフェスティバル94入選を機に映画監督を目指す。卒業後、ロサンゼルスに留学。AFI監督コースを卒業。帰国後、篠原哲雄監督などの脚本家を経て2003年に『怪談新耳袋』(BS-TBS)で監督デビュー。以降映画からテレビドラマ、ホラーから恋愛作品まであらゆるジャンルを縦横無尽に手掛ける。映画は『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(10)、『ソフトボーイ』(10)、『花宵道中』(14)、『ヒーローマニア-生活-』(16)、『森山中教習所』(16)など。テレビドラマは「ホリック~xxxHOLiC~」(13)、「黒い十人の女」(16)、「徳山大五郎を誰が殺したか?」(16)、「I”s(アイズ)」(18)、「ラッパーに噛まれたらラッパーになるドラマ」(19)、「特捜9」(19)などがある。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020031800846&g=soc
横浜ブルク13:13:05-15:05 (108分)
『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』劇場用プログラム完成!
いよいよ公開間近の『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』、劇場用プログラムが完成いたしました。その内容をご紹介!
◆豊島圭介監督インタビュー
◆1969年5月13日の三島由紀夫 犬塚潔(三島由紀夫研究家)
◆三島と全共闘からの、いまでも有効な挑戦状 中条省平(映画評論家)
◆政治の季節 内田樹(神戸女学院大学名誉教授)
◆三島文学の魅力と、そこから読み解く思想と行動 平野啓一郎(小説家)
◆隠れた文脈―三島由紀夫の狙い 佐藤秀明(近畿大学教授・三島由紀夫文学館館長)
映画をより楽しめる記事が満載です。
お買い求めは、全国の『三島由紀夫vs東大全共闘50年目の真実』公開映画館まで。
28ページ(表紙含む)
価格:746円(税抜)
発行:東宝(株)
https://www.toho.co.jp/goods/pmishimavstoudai.html
https://eiga.com/movie/92457/critic/
https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020031800008.html