予告編
Introduction
キューブリック伝説
『博士の異常な愛情』、『時計じかけのオレンジ』、『バリー・リンドン』、『シャイニング』、『フルメタル・ジャケット』……完璧主義者で知られる映画監督、スタンリー・キューブリックが映画史に残した神話の数は計り知れない。独創性、才気、興行的な先駆性、融通無碍なジャンル横断。その彼が『アイズ ワイド シャット』完成直後に急死してから、すでに20年もの時が流れたが、今もなお、彼が生み出した作品は世界中で上映がつづいている。しかも世界各地で開催されている大規模な「キューブリック展」が活況を呈し、キューブリック映画を同時代の封切りで経験してこなかった若い世代のキューブリック信奉者まで増えつづけている。
そのように冷めやらぬ世界規模のキューブリック熱に、さらに新たな転機が訪れた。2018年、製作50周年となったキューブリックの伝説的な代表作『2001年宇宙の旅』(ジェームズ・キャメロン、リドリー・スコット、スティーヴン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、クリストファー・ノーランなど才能を誇る監督たちの憧れと尊敬の対象だ)。そのノーラン監督監修のもと、新たな70mm版がオリジナル・カメラネガからデジタル処理を介さずにフォトケミカル工程だけで作成され、2018年5月、カンヌ国際映画祭でプレミア上映、大画面の迫力が話題を呼び、そのプリントが世界中を巡回することになる。日本でも同年10月に、ユネスコ「世界視聴覚遺産の日」記念イベントとして、特別上映が「国立映画アーカイブ」(旧・フィルムセンター)でおこなわれ、前売チケットは即日完売、また、同映画に関わる詳細な書籍も出版された。同作はデジタル修復もなされ、同年10月後半にはIMAX上映がおこなわれ、その8K完全版はNHKが新しく開設した8Kチャンネルでも放映、それら画面精度の高さが世界的に話題となった。
さらに『ROMA/ローマ』でアカデミー賞®外国語映画賞・監督賞・撮影賞を受賞したアルフォンソ・キュアロン監督監修で、『シャイニング』の4K修復版が2019年5月のカンヌ国際映画祭で上映された。
キューブリックとは誰だったのか
さて、そのキューブリック伝説を多彩ならしめているのは、彼自身の「人間性」「人間力」だという点は了解されているだろう。異様な執着心と注意力、細部への執拗なこだわりと探求、自分の偉業にさらに修正を重ねてゆく粘着性。ところがそれらを実現するために、キューブリックが周囲の者をどのように巻き込んできたかは、これまでさほど語られてはこなかった。その協力者の意外な内実がいよいよ今回、初めて明らかになる。天才と実直な協力者の、長い歳月の物語として──しかもきれいな対をなす、対照的な2本のドキュメンタリー作品として。
1本はトニー・ジエラ監督『キューブリックに魅せられた男』。キューブリックの映像アーカイブを緻密に織り込んだこの作品は、時に悲劇的ともいえるほどの献身によって、キューブリックが作品の上映、保存、宣伝、字幕などにどのような完璧性を付与してきたかを余すことなく伝える。もう1本は、イタリアから発信されたアレックス・インファセッリ監督『キューブリックに愛された男』。いかにもイタリアらしい人情劇で、こちらではキューブリックの家庭生活が人間味たっぷりに浮き彫りになる。キューブリックの没後20周年を飾るにふさわしいカップリング作品といえるだろう。
この2本の作品には、ほとんどパラノイアと言えるほど、映画製作にあくなき執念を燃やすひとりの映画作家の姿が描かれているのはもちろんだが、その天才の意外ともいえる慈愛に満ちた姿も描かれている。加えて、どちらにも30年に及ぶ歳月、その天才のために献身的に働き続けた2人の男の姿が描かれている。その意味では「歳月」とはなにかを問う作品ともなりえている。ではその2人の男とは誰だったのか。
『キューブリックに魅せられた男』の主軸に置かれるのは、映画『バリー・リンドン』に新進美男若手俳優として出演し、その後、成功コースにあったキャリアすべてを捨て、キューブリックが亡くなるまで、また亡くなってからも、フィルムの状態向上、映画製作のためのあらゆる雑事をこなし、身を粉にして働いたレオン・ヴィターリ。一方『キューブリックに愛された男』の主軸に置かれるのは、カー・レーサーとしての夢を絶たれたのち、『時計じかけのオレンジ』から、キューブリックが亡くなるまで、キューブリックの私設運転手として日常のあらゆる雑事を黙々とこなし、生活の支えとなったイタリア人のエミリオ・ダレッサンドロだ。
1948年生まれのイギリス人、レオン・ヴィターリ。ロンドン音楽演劇アカデミー卒業後まもなくに観た、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』と『時計じかけのオレンジ』の映像世界に圧倒された彼は、将来、この監督と仕事をしたいと心に誓う。その機会は思いのほか早く訪れ、当時役者として活躍し始めていた彼は『バリー・リンドン』のオーディションに合格、俳優としてキューブリックの現場に参加、その後、なんと役者としてのキャリアをすべて投げ打ち、自ら志願して、キューブリックの現場で映画製作について学び始める。
現場助手として期待以上に有能だった彼は、キューブリックに重用され、彼の映画製作にかかわるさまざまなことに関与しはじめる。クリエイティヴの相談役を務める傍ら、キャスティング、俳優の演技指導、プリント・ラボ作業、サウンド・ミキシング、効果音制作、字幕と吹替の監修、宣材レイアウトの作成、海外テリトリー向け予告編の制作、在庫管理、配送、全世界での公開スケジュール管理、配給調整まで八面六臂の活躍ぶりだった。彼は自らをフィルムメイカーではなく、フィルムワーカー(映画仕事人、あるいは映画奉公人、映画使役夫)と呼ぶ。彼の仕事を通じて映画製作および配給・宣伝・マーケティングについての詳細が描かれ、映画づくりのノウハウが、映画産業志望者のみならず一般人にも魅力的に伝わるよう作品が展開する。
キューブリックは、自らが完璧主義者であると同時に、会う人ごとに「ああ、この人のためなら、なんでもやってあげたい」と思わせるほどの、究極の「人たらし」だった。レオンは週7日、1日24時間をキューブリックのために捧げることとなる。家族どころか自分自身の健康をも顧みず、ひたすら「映画を最高の状態で、キューブリックが思い描く通りの状態」での上映を可能にするために。美しさと若さを誇っていたレオンの容色が崩れ出す。時には、周りの人々から疎まれ、同情され、キューブリックにいいように利用されても、レオンは滅私奉公を続ける。キューブリックの死後も、その幻影にとりつかれ、献身を怠らない幽鬼めいた姿に、感涙と同時に恐怖までも覚えさせるかもしれない。
本作ではこのレオン・ヴィターリの他、証言者として、貴重な人々が登場する。『バリー・リンドン』で主役を演じたライアン・オニール、『フルメタル・ジャケット』主役のマシュー・モディーン、同じく『フルメタル・ジャケット』で鬼軍曹に扮した、故R・リー・アーメイ、『シャイニング』で「輝き」を持つ少年ダニーを演じたダニー・ロイド、俳優ヴィターリと共演したステラン・スカルスガルドらの俳優陣のほか、キューブリックの後期映画の配給を担ったワーナー・ブラザースの幹部、キューブリック映画のスタッフ陣らも登場、貴重な証言をおこなっている。
監督はドキュメンタリー製作に定評があり、数々の映画祭にも出品、賞にも輝いている、トニー・ジエラ。数々の貴重なアーカイブ映像とアニメーションを駆使し、キューブリックの映画製作現場を再現した。監督は現在、また別の「シャイニング」にまつわるキューブリックについてのドキュメンタリーを撮影中。本来なら、その作品は本作よりも先に製作される予定だったが、その製作の過程でレオン・ヴィターリに出会った監督が、衰弱の激しい彼の存命中にこの物語をぜひ残しておくべきだと決心し、本作が先に完成を迎えた。本作は2017年第70回カンヌ国際映画祭で正式上映されている。
『キューブリックに魅せられた男』あらすじ
レオン・ヴィターリは有望な若手英国俳優。多感な時期に『2001年宇宙の旅』と『時計じかけのオレンジ』に衝撃を受けた、キューブリック監督の信奉者でもあった。その彼が全力で挑んだのが新作『バリー・リンドン』のオーディション。万全の態勢で臨んだ結果、見事に合格を果たす。撮影初日、初めて監督本人と会った瞬間「電流が走った」とレオンは回想している。撮影が進む中、監督の厳しい要求の数々にもこたえ、2人は次第に親交を深めてゆく。クランクアップの後、レオンの中に「キューブリックとまた仕事がしたい」という思いが高まり、有望視されていた俳優業からスタッフ側に転身。念願叶い『シャイニング』からキューブリック組に参加する。ダニー少年役のキャスティングを任され、その子役の世話から演技指導までを手がけ、早くも監督の信頼を勝ち取るレオン。そして、この時からキューブリックは身の回りに無数にある、ありとあらゆる細かい用事や仕事を彼に任せ始める。その量は常識をはるかに超え、レオンは24時間365日体制を強いられる。そして、監督から課せられるプレッシャーは次第に彼を肉体的、精神的に追い詰めていく…。
公式サイト:https://kubrick2019.com
『キューブリックに魅せられた男』『キューブリックに愛された男』
11月1日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー。没後20年。全く正反対からのアプローチによってキューブリックの総てを描いた2本の秀作ドキュメンタリー。史上初のカップリング上映決定!
主演:レオン・ヴィターリ
- 1948年イングランド、ウォリックシャー生まれ。ビル・ナイも出演していたドラマ「Softly Softly: Task Force」(1970年・未)で俳優デビュー。多くのテレビシリーズに出演した後、『バリー・リンドン』にオーディションを経て出演。『シャイニング』からはスタッフとしてキューブリック作品に携わり現在に至る。ちなみに『アイズ ワイド シャット』では終盤に登場する屋敷の中の赤いマントの男を演じている。またトッド・フィールズ監督の『リトル・チルドレン』(2006)にも出演している。
監督:トニー・ジエラ
1996年にホラー『Invisible Temptation』で長編デビュー。ハリウッド・スターの実情を10年にわたって追いかけた異色作『My Big Break』(2009)がボストン映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞に輝くなど、ドキュメンタリーを中心にキャリアを確立している。
ヒューマントラストシネマ有楽町:16:50-18:30 (94分)
天才と仕事する方法教えます。
想像を絶する天才映画作家との30年の記録。
レオン・ヴィターリは有望な若手英国俳優。
多感な時期に『2001年宇宙の旅』と『時計じかけのオレンジ』に衝撃を受けた、キューブリック監督の信奉者でもあった。
その彼が全力で挑んだのが新作『バリー・リンドン』のオーディション。万全の態勢で臨んだ結果、見事に合格を果たす。
撮影初日、初めて監督本人と会った瞬間「電流が走った」とレオンは回想している。撮影が進む中、監督の厳しい要求の数々にもこたえ、2人は次第に親交を深めてゆく。
クランクアップの後、レオンの中に「キューブリックとまた仕事がしたい」という思いが高まり、有望視されていた俳優業からスタッフ側に転身。念願叶い『シャイニング』からキューブリック組に参加する。
ダニー少年役のキャスティングを任され、その子役の世話から演技指導までを手がけ、早くも監督の信頼を勝ち取るレオン。
そして、この時からキューブリックは身の回りに無数にある、ありとあらゆる細かい用事や仕事を彼に任せ始める。
その量は常識をはるかに超え、レオンは24時間365日体制を強いられる。
そして、監督から課せられるプレッシャーは次第に彼を肉体的、精神的に追い詰めていく…。