予告編
「さざなみ」のアンドリュー・ヘイ監督が、孤独な少年と一頭の馬の歩む旅路を描いた人間ドラマ。「ゲティ家の身代金」にも出演した新星チャーリー・プラマーが主人公チャーリーを演じ、第74回ベネチア国際映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞した。幼いころに母親が家出し、愛情深いがその日暮らしの父親と2人で生活する少年チャーリーは、家計を助けるため厩舎で競走馬リーン・オン・ピートの世話をする仕事をしていた。しかし、そんなある日、父親が愛人の夫に殺されてしまう。さらに、試合に勝てなくなったピートの殺処分が決定したという知らせを受けたチャーリーは、ひとりピートを連れ、唯一の親戚である叔母を探すため荒野へと一歩を踏み出す。
公式サイト:https://gaga.ne.jp/kouya/
https://ja.wikipedia.org/wiki/荒野にて
監督:アンドリュー・ヘイ (「さざなみ」)
これは、厳しい現実の中でも、希望や心を失うまいと抗った少年の物語です。
私はこの物語に、感傷的になりすぎないながらも、大いなる感動と優しさを感じました。
この作品の持つ純粋さを、社会の淵で生きる人たちの人生を、正直さとリスペクトをもってスクリーンに描きたかった。
「確かに我々人間は弱く、病気にもかかり、醜く、堪え性のない生き物だ。
だが、本当にそれだけの存在であるとしたら、我々は何千年も前にこの地上から消えていただろう」
原作の序文に引用されているジョン・スタインベックのこの言葉を、この映画を作っている間中ずっと、心に置いていました。
アンドリュー・ヘイ(監督・脚本)Andrew Haigh Director・Screenplay
1973年3月7日、イギリス生まれ。
ハリウッドで『グラディエーター』(00)や『ブラックホーク・ダウン』(01)の編集補佐を務めたのち、09年に『Greek Pete』で長編映画監督デビューを果たす。監督2作目の『ウィークエンド』(11)ではサウス・バイ・サウスウエスト映画祭の新進映像部門にて観客賞を受賞。その他、イブニング・スタンダード・英国映画賞の最優秀脚本賞、ゲント国際映画祭作品賞など多数の映画賞を受賞。そして15年にシャーロット・ランプリングとトム・コートネイを迎えた『さざなみ』が、第65回ベルリン国際映画祭にてコンペティション部門に選出され、銀熊賞のダブル受賞(最優秀女優賞、最優秀男優賞)に輝く。シャーロット・ランプリングは全米批評家協会賞にて主演女優賞を受賞。第88回アカデミー賞®では主演女優賞にノミネートされるなど映画賞を席巻。本作は国内外問わず高い評価を獲得し、アンドリュー・ヘイの名を世界中に知らしめた。また映画以外にもHBOのテレビシリーズ「Looking/ルッキング」(14-15)でエグゼクティブ・プロデューサーを務め、一部脚本・監督を担当する等活動の幅を広げている。
原作と、ジョン・スタインベックの言葉
前作『さざなみ』(15)で圧倒的な評価を得たイギリス人監督アンドリュー・ヘイが、自身の4本目の長編作品に選んだのが、アメリカ・オレゴンを拠点に活動する作家・音楽家のウィリー・ヴローティンによる2010年の小説“Lean On Pete”だ。ヴローティンはその序文に、「確かに我々人間は弱く、病気にもかかり、醜く、堪え性のない生き物だ。だが、本当にそれだけの存在であるとしたら、我々は何千年も前にこの地上から消えていただろう」と、アメリカを代表する作家ジョン・スタインベックの言葉を引用している。2011年にこの小説と出会ったヘイは、この一節を心に刻んだうえで、主人公チャーリーが苦難や挫折を経験しながらも、不屈の精神で前に進んでいく様子を描いた。
ヘイは語る。「ヴローティンは一貫して登場人物を非難しない。主人公のチャーリーであれ、デルやボニー、放浪者のシルバーであれ、たとえ立派とは言えない行動に出たときも決して批判しない。どのキャラクターも生きるのに必死で、そんな状況が行動に強く影響していることを常に意識している。優しさを必要とする人の心を、さまざまな角度から見つめているんだ。僕もそれにならい、脚本を執筆する際はキャラクターとその行動に対して、人間味のあるアプローチを心掛けた」
“Lean On Pete”の後半では、チャーリーとピートが辺境の地を進んでいく様子が描かれる。廃れた西部の町の脇道や、都会から流れてきた人々の活き活きとした描写は、スタインベックやレイモンド・カーヴァー、サム・シェパードの著作を彷彿とさせる。ヘイが本作の映画化に踏み切ったのは、原作小説で描かれた孤独や切望が、これまでの彼の作品の方向性やテーマと一致していたからだ。監督は言う。「チャーリーの無謀とも言える行動は、未成年によくあるアイデンティティの探求ではなく、人間が持つ本質的な感情に基づいている。チャーリーを駆り立てたのは、自分の家を、つまり自分が守られていると安心できる場所を見つけたいという切望なんだ」
監督が3ヶ月の旅を通して見たアメリカ北西部
原作小説には複数の映画会社が興味を示していたので、ロンドンとパリを拠点とし、『ウィークエンド』(11)と『さざなみ』(15)をヘイとともに手掛けたイギリス人プロデューサー、トリスタン・ゴリハーは映画化権獲得を急ぐ必要があった。『さざなみ』とHBOのTVシリーズ「Looking/ルッキング」(14-15)の撮影を終えると、ヘイはすぐさまポートランドに飛んで原作者のヴローティンと会い、彼の3作目となる小説の映画化権を獲得。脚本に取り掛かった。
ヘイはヴローティンに連れられ、チャーリーがピートと出会ったポートランド・メドウズ競馬場など、小説にインスピレーションを与えた場所を訪れたのち、チャーリーとピートが辿ったアメリカ北西部のルートを実際に車で旅した。オレゴン、アイダホ、ワイオミング、ユタ、コロラドの順に移動し、オレゴンの田舎町の農業祭や地方競馬を見てまわった。ヘイは振り返る。「原作に登場するモーテルに泊まり、キャンプをし、缶詰のチリビーンズを食べ、写真を撮りまくった。車で3ヶ月旅をしたことで、ヴローティンが描いている世界を少し体験できて、アイディアをもらえたよ」
ヘイが脚本の第一稿をヴローティンに送り、それを読んだヴローティンから感想とアドバイスが届く。「どこを残し、どこを削るか。判断が難しかったから、ヴローティンがアドバイスをくれたおかげで脚本を書き進めることができた。それにヴローティンは、調教師や騎手やマネージャーなど、ポートランド・メドウズ競馬場で働いている人たちに連絡を取り、引き合わせてくれたんだ」
ヘイが車で旅をし、リサーチをしながら脚本を書き進めている間、プロデューサーのゴリハーは小説に登場する実際の場所で撮影できるよう手筈を整えた。ゴリハーは語る。「これは自分の居場所や家族を探し求める少年の物語だ。主人公チャーリーの旅路は、同時に、社会で最も立場の弱い人間が歩んだ道でもある。彼は生き延びるため、自分の居場所を見つけるために旅に出る。それは現代において誰もが懸命に行っていることだから」
ヘイは言う。「この国はびっくりするほど美しい。大地の美しさを含め、1つの国家であるという事実を理解するまで、僕には何年もかかるだろう。ヨーロッパとは根本的に違うアイデンティティと活力と多様性がある。旅の先々で、愛国心がとても強い人々に出会い何度も驚いた。経済的な困難に直面していても、何度挫折したとしても、今でもアメリカンドリームを信じているんだよ」
雄大で荒涼とした風景と感情ジョン・ヒューストン、ヴィム・ヴェンダースからウィリアム・エグルストンまで
本作の主要撮影は2016年8月13日にオレゴン州ポートランドで始まり、同年9月10日に終了した。主にポートランド・メドウズ競馬場や、ポートランド北部郊外のデルタ・パークなどの町とその周辺部で撮影された。車が移動する場面や川の場面はポートランド東南東にあるフッド山近辺の山岳部で、そしてさらに3週間かけてオレゴン州バーンズの小さな集落で砂漠の場面を撮影した。ヘイは、デンマーク人の撮影監督ヨンクと共に、太平洋岸北西部のみずみずしい緑の色調と、後半部分でワイオミング州ララミーからコロラド州デンバーに向かうチャーリーの旅路の背景となる、乾ききった太陽が照りつける広大な砂漠の高地の色調を捉えた。
ヘイとヨンクはインスピレーションを求め、ジョン・ヒューストン監督の『ゴングなき戦い』(72)やヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』(84)、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ザ・マスター』(12)など様々な映画を観た。彼らはまた、ウィリアム・エグルストンやスティーブン・ショア、そしてジョエル・スタンフェルドなどによる写真作品の数々も参考にし、アメリカの辺境に見られる雄大で荒涼とした風景を研究した。こうして2人は、映画の視覚が感情に及ぼす影響を強化していった。
また彼らはチャーリーをできるだけフレームの中央に置き、幅よりも高さを強調するために1:2.35(シネマスコープ)ではなく、1:1.85(アメリカンビスタ)で撮影するようにした。その結果、登場人物は周囲の広大な景色の中で小人のように見える。「僕たちは、この少年の人生を間近で見ながらも、彼を助けることができないということを表現したかった。ヨンクと僕は、優しい美しさとソフトなリアリズムでこの映画を表現したかったんだ」とヘイは語る。
J&B:8:45-10:50 (122分)
ウィリー・ヴローティン (原作)Willy Vlautin Novel
1967年、アメリカ・ネバダ生まれ。
作家、ミュージシャン、ソングライターとして活躍。オレゴン州ポートランドのロックバンドRichmond Fontaineのリードボーカル、ギターを務めていたが、16年に解散。現在はThe Delinesのメンバーとして活動している。音楽活動と並行し、07年に「The Motel Life」で小説家デビュー。この作品は世界11か国で翻訳され、国内外数々のトップ10リストに掲載。翌08年には「Northline」を発表し、「Lean On Pete」(10)、「The Free」(14)、「Don’t Skip Out On Me」(18)と現在までに5作品を執筆している。
12年にはデビュー作「The Motel Life」が、スティーヴン・ドーフ、エミール・ハーシュ、ダコタ・ファニングら出演の『ランナウェイ・ブルース』として映画化。自身の小説の映画化は今作で2作目となる。本作の劇中曲「Easy Run」はヴローティンが参加していたバンドグループRichmond Fontaineの楽曲である。
ポートランド・メドウズ競馬場
http://www.portlandmeadows.com
https://www.jairs.jp/contents/newsprot/2019/13/4.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/ポートランド_(オレゴン州)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ダウンタウン・ポートランド