予告編
ホロコーストを生き抜いたユダヤ人の老人が、70年の時を経て、友人との約束を果たすためにアルゼンチンから故郷ポーランドへ旅する姿を描いたロードムービー。ブエノスアイレスに暮らす88歳の仕立て屋アブラムは、自分を高齢者用の施設に入れようとする子どもたちから逃れ、故郷であるポーランドを目指して旅に出る。そして、その旅には、第2次世界大戦時、ユダヤ人である自分をナチスの手から救ってくれた親友に、自分が仕立てた最後のスーツを渡すという目的があった。監督はアルゼンチンの人気脚本家で、監督作はこれが長編2作目となるパブロ・ソラルス。主演はカルロス・サウラ監督の「タンゴ」で知られるミゲル・アンヘル・ソラ。
ブエノスアイレスに住む88歳の仕立屋アブラハムは、自分を施設に入れようとしている家族から逃れ、スペイン・フランスを経てポーランドへと向かうための旅に出る。その目的は、第2次大戦中のホロコーストから逃れ、自分の命を救ってくれた親友に自分が仕立てた「最後のスーツ」を渡すこと。監督・脚本を手掛けたパブロ・ソラルスは本作が長編映画の監督2本めで、自身の祖父の家が「ポーランド」という言葉がタブーであったことから発想を得、自身のアイデンティティーを確認するために避けて通れないテーマを感動のロードムービーとして結実させた。2017年釜山国際映画祭World Cinema 部門に正式出品され、またSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018国際コンペティション部門に出品されるなど世界各国から注目を集める。『A Boyfriend for my wife』(08)や『I Married a Dumbass』(16)などアルゼンチンで大ヒットした映画の脚本を手掛け、特に『A Boyfriend for my wife』は韓国で『僕の妻のすべて』(13)としてリメイクされている。
頑固だが旅の先々で出逢う女性たちに助けられ、心を開いていくアブラハムに『タンゴ』(98)で男の色気を余すところなく発揮したミゲル・アンヘラ・ソラ。本作で2018年に開催された第44回シアトル国際映画祭最優秀男優賞に選ばれた。マドリッドのホテル女主人に『シチリア!シチリア!』(09)のアンヘラ・モリーナが熱演。アルゼンチンからポーランドまでの奇跡のロードムービーが誕生した。
88歳のユダヤ人仕立屋アブラハムは、子どもたちや孫に囲まれ、家族全員の集合写真を撮っても浮かない顔をしていた。その翌朝、住み慣れた仕立屋兼自宅を引き払い、老人施設に入ることになっていたのだ。最後に1着だけ残ったスーツを見てアブラハムはあることを決意する。家族が皆帰ってしまったその日の深夜、家を抜け出しブエノスアイレスからマドリッド行きの航空券を手配、早速飛行機に乗り込むのだった。
ブエノスアイレスから、マドリッド、パリを経由して、ポーランドに住む70年以上会っていない親友に最後に仕立てたスーツを届けに行く旅が始まる。アブラハムは、決して「ドイツ」と「ポーランド」という言葉を発せず、紙に書いて行く先を告げていく。飛行機で隣り合わせた青年、マドリッドのホテルの女主人。パリからドイツを通らずポーランドへ列車で訪れることができないか、と四苦八苦していたアブラハムを助けるドイツ人の歴史学者など、旅の途中で出会う女性たちは、アブラハムの旅を支えようとそれぞれの環境の中で受け入れることで、アブラハムの尖った部分を柔らかくしていく。
ポーランドに住む親友は、ユダヤ人であるアブラハムが第2次大戦中、ナチスドイツによるホロコーストから逃れたアブラハムを助け、匿ってくれた命の恩人であった。アブラハムが70年前に受けた足の傷が悪化し、看護師から車いすを押されて、過去の壮絶な思い出と一緒にたどり着いた場所は、70年前と同じ佇まいをしていた。アブラハムの人生最後の旅に人と人が繋ぐ“奇跡”が訪れようとしていた。
公式サイト:http://uchi-kaero.ayapro.ne.jp
https://ja.wikipedia.org/wiki/家へ帰ろう_(映画)
パブロ・ソラルス / 監督・脚本
1969年12月9日 生まれ。
ブエノスアイレスの演劇学校を卒業し、独立系劇場で舞台俳優として活躍。その後アルゼンチンとメキシコで演技指導をしながら舞台の演出も手掛ける。そしてメキシコのサン・ルイス・ポトシで演劇集団ラ・カリージャとともにモリエールの戯曲「病は気から」を発表。その後シカゴで映画を学ぶ。90年代後半にアルゼンチンに戻り、テレビの脚本を手掛ける。2002年には、脚本を担当したカルロス・ソリン監督の『Intimate Stories』(未)でアルゼンチン映画批評家協会賞脚本賞を受賞、2008年にはアルベルト・レッチ監督の『The Bottle』(未)、フアン・タラトゥーロ監督の『A Boyfriend for My Wife』(未)などで脚本を担当した。2005年、ショートフィルム『El Loro』(未)で監督デビュー、2011年には長編初監督作品『Juntos para Siempre』(未)を発表、本作は長編2作目となる。
私が初めて「ポーランド」という単語を聞いたのは6歳の時です。父方の祖父フアンおじいちゃんの家では、その“悪い言葉”は禁じられていると知りました。一族の集まりの時に誰かが「ポーランド」と言った途端非常に緊迫した沈黙が流れ、それがとても怖かったことが記憶に深く刻み込まれています。ある時、私は父に「ポーランドとは何かを罵る汚い言葉なのか、どういう意味なのか」と尋ねましたが「それがおじいちゃんの家では禁じられている言葉だ」と言うだけでした。それから数日間何度も寝る前に同じ質問をして父を困らせました。そして、ようやくある分かりにくい不思議な事情を教わりました。「ポーランド」とはアルゼンチンと同じく「国」のことで、フアンおじいちゃんはポーランドで生まれたのに、ユダヤ人であることでその国を離れなければならなかったのです。自分がユダヤ人であると知ったのもこの時です。
親戚から《別の人生》を尋ねられた時の、フアンおじいちゃんが見せた憎しみの表情とその場に流れた沈黙を思い出すたびに、私は怖れを感じながら育ちました。私が訊き続けていくうちに、皆さんが知っているようなポーランドでのユダヤ人への迫害のことを理解したのです。ナチスはユダヤ人を根絶することを決め、1939年のポーランド侵略後には辛うじて生き残ったユダヤ人はたったの10%だったのです。
成長するにつれ、自分の人生はポーランドで起こった事態によって運命づけられたのではないかと感じるようになりました。もっと多くのことを知りたくて、尋ね歩きましたが、通り一遍の答えしか得られませんでした。ポーランドに取り残されそこで死んだ人々、留まることができた人、ガス室に送られた人々の詳細、名前、顔、その親族たち―そういった側面は誰にも語られませんでした。ホロコーストをなんとか生き延びた人たちについて言及する人もいなかったのです。
ある日、私がカフェで朝食を食べていると70代くらいの男が、90歳になる彼の老父が周りの反対を押し切ってハンガリーに向かったと話しているのを耳にしました。息子によれば、かなりの病身であるというその老人の目的は、ナチスから彼を自宅にかくまってくれたカトリック教徒の友達を見つけることでした。子供たちはもちろん反対しましたが、その思いとどまらせることをできなかったばかりか、誰かが付いて行くことも許さなかったのです。老人は70年振りに祖国に独りで帰ることに固執していたのです。これが最後の願いだと汲み取った子供たちは、応援することに決めました。彼は長い時間をかけて、旧友にして命の恩人だった人を探し求めていたのですが、何十年も連絡をとっておらず、そもそも生きていても老人自身と同じく90歳を超えているはずのその人を見つけられる可能性はかなり低いはずでした。
しかし、奇跡が訪れました。その旧友が、若いころに何か月も潜伏したまさにその家で、友達と楽しく食事をしている、ということを聞いたのです。この話をしていた男性によると、父親は達成感にあふれ、死を迎える準備ができたような、満足した口調だったそうです。この話を聞いていた同席した人は感極まって、「思わず泣いてしまった」としか言えませんでした。そしてこの話を彼らの背中越しに座って聞いていた私は振り向いて感動しながら付け加えました、「もちろん自分も泣いてしまった」と。
私たち三人はしばらくじっと座って話を噛みしめました。それから私はフアンおじいちゃんやその他大勢の人たちのそれまで語られることのなかった帰還と再会の旅の話を調べ始めました。友に助けてもらったおかげで《別の人生》を生きることが出来た、そのお礼をするために母国へと帰る老人の話を書きあげて映画にすることこそ私のやらなくてはならない事なのだと決心したのです。
私は更に踏み込んだ調査を始めました。今は亡きフアンおじいちゃんの生まれ故郷へと旅ミゲル・アンヘラ・ソラ (ブルスティン・アブラハム役)
MIGUEL ÁNGEL SOLÁ
アンヘラ・モリーナ (女主人・ゴンザレス役)
ÁNGELA MOLINA
オルガ・ポラズ (看護師・ゴーシャ役)
OLGA BOLADZ
ユリア・ベアホルト (文化人類学者・イングリッド役)
JULIA BEERHOLD
マルティン・ピロヤンスキー (機内の青年・レオナルド役)
MARTÍN PIROYANSKY
をそしてあのカフェで経験した老人の息子が語った物語を聞き終えて、私の人生が変
シネスイッチ銀座:16:45-18:32 (93分)