「怖い絵」展 中野京子氏 インタビュー映像
ドイツ文学者・中野京子氏が2007年に上梓した『怖い絵』は、「恐怖」をキーワードに西洋美術史に登場する様々な名画の場面を読み解き、隠されたストーリーを魅力的に伝える本としてベストセラーとなり多方面で大きな反響を呼びました。
同書の第一巻が発行されてから10周年を記念して開催する本展は、シリーズで取り上げた作品を筆頭に「恐怖」を主題とする傑作を選び出しテーマごとに展示します。
視覚的に直接「怖さ」が伝わるものから、歴史的背景やシチュエーションを知ることによってはじめて「怖さ」を感じるものまで、普段私たちが美術に求める「美」にも匹敵する「恐怖」の魅力を余すことなく紹介する、今までにない展覧会です。
公式ホームページ:http://www.kowaie.com
中野京子
『「怖い絵」で人間を読む』「はじめに」
https://www.nhk-book.co.jp/seikatujin/10_08/book1/tachiyomi.pdf
いつの頃からでしょう、絵画の正しい鑑賞法は、いっさい予備知識なしの白紙状態で 作品と向き合い、自分の感性のみを頼りに、色彩、タッチ、雰囲気などを心で味わうこと、と言われるようになりました。知識は、先入観を植えつける余計なものとされたの です。 結果、多くの人にとって、美術館めぐりは退屈なものになってしまいました。絵を描 くのが趣味なら、色や構図や絵筆の使い方に関心も寄せられますが、そうでない人とっては、感性と好き嫌いのどこが違うのか判然としませんし、そもそも判断基準がそこにしかなければ、第一印象で気に入った作風の絵ばかり見て飽きるのが関の山です。 絵画、とりわけ十九世紀以前の絵は、「見て感じる」より「読む」のが先だと思われます。一枚の絵には、その時代特有の常識や文化、長い歴史が絡み、注文主の思惑や画家の計算、さらには意図的に隠されたシンボルに満ち満ちています。現代の眼や感性だ けではどうにもならない部分が多すぎるのです。たとえばドガの踊り子の絵。当時のパリの常識では──現代と全く異なり──バレエ はオペラの添え物でしかなく、バレリーナは下層階級出身の、娼婦と変わりない存在で した。それを知っているといないのとでは、ドガの作品が与える印象は一八〇度といっ ていいほど違ってくるのではないでしょうか。 拙著『怖い絵』シリーズで伝えたかったのは、まさにそのことです。絵画を歴史とし て読み解く、あるいはこれまでと違う光を当てて視る、そこから新たな魅力が発見でき るのではないか、そのために選んだ視点が「怖さ」でした。怖さは想像の友です。想像 によって恐怖は生まれ、恐怖によって想像は羽ばたく。恐怖のバラエティは豊富で奥が 深く、強烈な吸引力を秘めています。一見、何も怖いものは描かれていないのに、その 時代の、文化の、関わった人々の、さまざまな絡み合いを知るうちに、恐怖はじわじわ 画面からにじみ出てきて、絵の様相を一変させるでしょう。