映画『バベル』が、イニャリトゥ監督作品であることを知っている者にとって、日本でのこの映画の紹介がいささか的外れだと思っている人も少なくないのではないだろうか。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(Alejandro Gonzalez Inarritu)監督は、1963年8月15日生まれのメキシコ出身の映画監督であり、エンターテインメント会社グロボZの設立者でもある。長編映画初監督作品『アモーレス・ペロス(Amores Perros)』(1999)が、2000年にカンヌ国際映画祭批評家週間出品作品でグランプリを獲得し、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、東京国際映画際でもグランプリを受賞している。その後、短編映画を二本監督し、『The Hire: Powder Keg』(2001)はBMW の広告映画シリーズの作品で、2002年カンヌ映画祭のサイバー・ライオン賞グランプリを受賞し、『Darkness』はセザール賞ノミネート作品『11’09”01/セプテンバー11(September 11)』(2002年)というオムニバス映画の中の一編である。長編映画二作目『21グラム(21Grams)』(2003)は、2004年アカデミー賞で主演女優賞(ナオミ・ワッツ)と助演男優賞(ベニオチ・デル・トロ)ノミネート作品であり、2003年ヴェネチア国際映画祭主演男優賞(ショーン・ペン)を受賞している。そして今回の『バベル』(2006)は、第59回カンヌ国際映画際監督賞受賞作品でもある。
「イニャリトゥ主義」と称されることもある映画手法で制作された三本の長編映画には、いくつかの共通点がある。まずは制作に携わった顔ぶれである。監督イニャリトゥ、脚本ギレルモ・アリアガ(・ホルダン)、撮影ロドリゴ・プリエト(『21グラム』はフォルトナート・プロコッピオも)、音楽グスターボ・サンタオラヤ、美術ブリジット・ブロシュと一貫している。編集スティーヴン・ミリオンは、『21グラム』と『バベル』のみ。三作品とも、ある偶然の事故を媒介にして、三つの物語が、交差する時空の中で展開し、その状況における人間関係のあり方(人間ドラマ)がていねいにドキュメントされる映像/音響/物語世界が描写されている。
『バベル』
|椎野信雄