5グローカリゼーションと市民
さて、これでこの映画「幸せの経済学」のメッセージの内容、グローバリゼーション(グロ−バルな経済)からローカリゼーション(ローカルな経済、ローカルな社会)への変革は、ほぼ理解できたのではないかと思う。グロ−バリゼ−ションとローカリゼーションが、対立概念となっているのがその特徴である。対立しているのは、多国籍企業本位の規制緩和/自由化および世界市場そして消費者資本主義や法人資本主義としてのグローバル経済(経済のグローバリゼ−ション)と、経済規模の縮小、地産地消、コミュニティ本位のローカル経済(経済のローカリゼ−ション)である。
ここで注意すべきことは、ローカリゼーション・ム−ブメントが、反「グローバル」となっていないことである。定義のところでも触れているように、国際協力や国際社会や相互依存、国際貿易に反対しているわけではなく、孤立主義や保護主義や反貿易を擁護しているわけでもない。経済のグローバリゼーションに反対することは、世界や国際協力や文化交流を排除することではない。グローバルな問題を解決するためには<グローバル>な協力は必要だと述べているのだ。世界のグローバリゼ−ション・ムーブメントの例示のところで、グローバルなローカリゼーションという概念を用いているように、このレベルにおいは「グローバル」と「ローカル」は対立概念ではないのだ。ゆえに、このレベルのグローバルなローカリゼーションを指して「グローカリゼーション(glocalization)」という用語を導入しておくことにする。
オルタナティブ・メディア/市民メディアとしての「映画」自主上映会で見た「幸せの経済学」を通して、反グローバリゼーションとしてのローカリゼーション・ム−ブメントを知った上で、「グローカリゼーション」をどのように実践していくのかが今後の課題となった。実のところ、オルタナティブ・メディア/市民メディアとしての「映画」自主上映会開催ということ自体が、「グローカリゼーション」運動の例証の一つなのである。私たちは、オルタナティブ・メディアとしての「映画」自主上映会に参加して、映画からあるメッセージを受け取り、上映後に参加者たちと討論/議論をすること自体がこの映画「幸せの経済学」で示された「グローカリゼーション」の運動にもう既に参加していることになるのだ。
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【ディスカッションのために】
1. 自分のメディア接触の特徴を考察し、自分のメディア接触経験の中にオルタナティブ・メディアや市民メディアへのアクセスがあるかどうかチェックしてください。メディア接触において、自分たちはどうしたら市民になれるか話し合ってみてください。
2. 「幸せの経済学」の中での「グローバリゼ−ション」の定義と、あなたのいままでの「グローバリゼーション」の定義の異同について、みなと考察してください。
3. ローカリゼ−ション・ム−ブメントに関して、自分の周りで探してみよう。実際に調べてみて関心をもったものを一つ取り上げて、自分との関わりについて他の人と意見交換してみてください。
4. 「幸せの経済学」などの自主上映会に参加してみて、映画を見て、上映会での討論などに参加したり、映画について他の人と話し合ってみたりしてください。
【リーディング】
デイヴィッド・ボイル/アンドリュ−・シムズ(田沢恭子訳)『ニュー・エコノミクス—GDPや貨幣に代
わる持続可能な国民福祉を指標にする新しい経済学—』一灯舎2010
ミッチ・ウォルツ(神保哲生訳)『オルタナティブ・メディア−変革のための市民メディア入門』大月書店
2008
ダニエル・グリーンバーグ(大沼安史訳)『自由な学びとは―サドベリーの教育哲学』緑風出版2010
アル・ゴア(枝廣淳子訳)『不都合な真実』ランダムハウス講談社2007
デビッド・C.コーテン(西川潤・桜井文訳)『グローバル経済という怪物―人間不在の世界から市民社会の
復権へ(21世紀ヒューマン・ルネサンス(人間性復興)叢書)』シュプリンガー・フェアラーク東京
1997
ザック・ゴールドスミス(前書き):フレッド・ピアス(鈴木南日子訳)『写真が語る地球激変—過去の地
球、現在の地球、そして未来の地球・・・?』ゆまに書房2008
ヴァンダナ・シヴァ(高橋・戸田訳)『生物多様性の危機—精神のモノカルチャー』三一書房1997
島村菜津『スローフードな人生!—イタリアの食卓から始まる』新潮社2000, 新潮文庫2009.)
CDI-Japan、マイケル・シューマン(児玉克哉・江橋崇・富野暉一郎訳)『自治体国際協力の時代』大学教
育出版2001
センターフォーエコリテラシー(ぺブルスタジオ訳)『食育菜園エディブル・スクールヤードーマ−ティン・
ルーサー・キングJr.中学校の挑戦』家の光協会2006
高木辛哉『ラダック(旅行人ウルトラダイド)』旅行人2001
辻信一『スロー・イズ・ビューティフル−遅さとしての文化』平凡社(ライブラリー)2001
津田正夫・平塚千尋編『パブリック・アクセスを学ぶ人のために[新版]』世界思想社2006
ヘレナ・ノ−バ−グ=ホッジ(『懐かしい未来』翻訳委員会翻訳)『ラダック懐かしい未来』山と渓谷社
2003、増補改訂版『懐かしい未来ラダックから学ぶ』懐かしい未来の本、2011.
ヘレナ・ノ−バ−グ=ホッジ+辻信一(ゆっくりノートブック5)『いよいよローカルの時代—ヘレナさんの
「幸せの経済学」』大月書店2009
リチャード・ハインバ−グ(橋本須美子訳)『神を忘れたクローン技術の時代』原書房2001
クライヴ・ハミルトン(嶋田洋一訳)『経済成長神話からの脱却GROWTH FETISH』アスペクト2004
ロブ・ホプキンス(城川桂子訳)『トランジション・ハンドブック』第三書館2011
山田孝子『ラダック 西チベットにおける病いと治療の民族誌』京都大学学術出版会2009
山本高樹『ラダック 空の果てで暮らした日々』P-Vine BOOKs 2009
Khyentse Norbu Rinpoche(監督)、Travelers and Magicians [DVD]2003,The Cup [DVD]1999
「幸せの経済学」映画パンフレット,ユナイテッドピープル2011
【注】
⑴The Economics of Happiness 2010年、ヘレナ・ノ−バ−グ=ホッジ/スティ−ブン・ゴーリック/ジョン・ペ−ジ監督、英国・日本他8ヵ国制作、カラー68分、配給:ユナイテッドピープル(映画「幸せの経済学」オフィシャルサイトhttp://www.shiawaseno.net/ 英語 http://theeconomicsofhapiness.org/)
⑵alternative:「もともとの意味は、「もうひとつの」、「代替的な」、「別の可能性」などがある。特定分野での主流的、体制的なものとは異なるもうひとつのあり方を提示することを意味しているが、徐々に近代化の流れに代わる新しい文明のあり方を創り出そうとする潮流全体を指すようになってきている。特定分野の使用例としては、風力、水力、太陽光・熱利用など、石油などの化石燃料とは異なる再生可能なエネルギー(オルタナティブ・エネルギー)、西洋医療などとは異なる伝統医療や民間医療(オルタナティブ・メディスン)、学校制度とは別のフリースクールやホームスクール(オルタナティブ・スクール)、マスメディアが伝えない情報を伝えるメディア(オルタナティブ・メディア)、開発途上国の文化や自然に配慮した観光(オルタナティブ・ツーリズム)など。」(ノ−バ−グ=ホッジ2003. p5、2011. ,p11.)
⑶ヘレナ・ノ−バ−グ=ホッジ(Helena Norberg-Hodge):スウェーデン生まれ。言語学者。40の言語に翻訳され、世界各国で高い評価を得ている「ラダック懐かしい未来」の著者であり、グロ−バリゼーションに対する問題提起や啓発活動を行っている世界的なオピニオンリーダーの1人で、世界中に広がるローカリゼーション運動のパイオニア。1975年、インドのラダック地方が観光客に開放された際に最初に海外から入った訪問者の一人で、言語学者としてラダック語の英語訳辞典を制作。以降、ラダック(4)の暮らしに「魅了」され、ラダックで暮らすことになる。そこに暮らす人々ともに、観光化と開発により地域に流れ込む理想化された消費型文化から、ラダックの伝統文化を守るという草の根運動である「ラダックプロジェクト」を始め、失われつつある文化や環境を保全するプロジェクトLEDeG(The Ladakh Ecological Development Group)http://www.ledeg.org/を設立し、グローバル経済の破壊的なインパクトに対し、ラダックの自立と誇りを強化するこの活動が評価され、環境保護や人権問題、持続可能な開発、健康、平和などの分野で活躍した人物や団体に贈られる(第二のノーベル賞と知られる)「ライト・ライブリフッド賞」(5)を1986年に受賞した。社会・環境問題や文化・生物多様性の保護活動をしているイギリスのNPOであるISEC(The International Society for Ecology and Culture:エコロジーと文化のための国際協会)http://www.isec.org.uk/の創設者、代表として、ラダックにおける住民たちの活動を支援し、民族紛争から生物多様性の損失、失業問題や気候変動まで、さまざまな問題の根本の原因を探り、より持続可能で公平な暮らしのあり方を目指し活動している。著書:ANCIENT FUTURES Learning from Ladakh, Sierra Club books U.S.A.1991
⑷ラダックについて、この映画では次のように紹介されている。
ラダックは、西ヒマラヤの「リトル・チベット」であり、何世紀もの間、外部世界から孤立した山岳地帯であった。(インド北部のジャンムー・カシミール州に属し、現在23万人ほどの人口がある。)最近まで農業や牧畜や周辺地域の中継交易(物々交換)によって自給自足の生活を送ってきた。その生活様式は、地域環境に根ざしたものであった。ラダックは、人びとに喜びにあふれた輝きや活力があり、物質的な生活水準も高く、広々とした家や十分な余暇時間を持ち、失業ということもなく、飢える人もいなかった。もちろん、安逸や贅沢なものはないが、その生活様式は西洋のものよりも持続可能なもので、喜びに満ち、豊かなものだった。1974年に外国人訪問が解禁され、ラダックは、突如、外部世界にさらされた。補助金つきの安価な食糧が、補助金つきの道路を通って、補助金つきの燃料で走るトラックで運ばれ、ラダックの地域経済の土台が侵食されてしまった。同時に、ラダックは、西洋の消費主義によって美化された広告やメディアのイメージにとらえられ、自分たちの文化を、相対的に、哀れなものと見なしてしまった。消費者文化に触れることで、自分たちの生活が遅れたもので、乏しく、貧しいと思い始めたのである。(高木辛哉、山本高樹、山田孝子も参照。)
⑸1980年にスウェーデンの国会議員J.v.ユクスキュルよって創設された賞。毎年、4人の受賞者が、スウェーデン議事堂で表彰される。ノーベル賞とは、「候補者」を推薦できること、ノミネート過程が公開されていること、賞のカテゴリーがないことなどの点で異なっている。日本からの個人受賞者としては、脱原子力運動の故高木仁三郎氏が1997年に受賞している。(Right Livelihood Awardサイト:http://www.rightlivelihood.org/)
⑹石油ピーク(peak oil)とは、石油の産出量が最大となる時期・時点のこと。2060年に石油生産量がピークに達するとの報告がある。それ以降、石油産出量の緩やかな減退(石油減耗)がある。
⑺「不都合な真実」(An Inconvenient Truth)は、地球温暖化問題に取り組んできたアル・ゴア(元アメリカ合衆国副大統領、ノーベル平和賞受賞者)の講演をフォローしたドキュメンタリー映画(デイビス・グッゲンハイム監督、2006年製作のアメリカ映画、 第79回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞受賞作品)のタイトルである。(アル・ゴア参照)
⑻ザック・ゴールドスミスは、『エコロジスト・マガジン』編集長で、環境活動家で有名なイギリス保守党(トーリー党)国会議員。金融財閥ロスチャイルド家と姻戚関係にあるユダヤ系大富豪ゴールドスミス家の御曹子(36歳)。
⑼GDP:国内総生産(Gross Domestic Product)とは、国民総生産(GNP)から、海外からの純所得を差し引いたもの。国民総生産は、一国の国民によって生産された付加価値を集計したもので、国民が外国で生産した価値の送金・回収分を含めるが、国内で外国人が生産した価値は含めない。国内総生産は、一国の国内で生産された付加価値を集計したもの。
⑽BALLE=The Business Alliance for Local Living Economies は、社会的責任のあるビジネスの北米ネットワーク。(http://www.livingeconomies.org/)
⑾ファーマーズマーケット(Farmer’s Market)とは、地域の生産者農家が自分の農場で作った農産物を持ち寄り、消費者に直接販売するスタイルの市場である。
⑿パーマ・カルチャー:パーマネント(permanent:永続的)とアグリカルチャ−(agriculture:農業)とカルチャー(culture:文化)の組み合わせの言葉で、1978年にオーストラリアで生まれた、持続可能な暮らしのデザイン体系である。
⒀フードマイレージ(food mileage)とは、食物の輸送距離という意味で、食物の輸送量と輸送距離を定量化する指標である。
⒁カリフォルニア州バークレー市の市立中学校での食育菜園プロジェクト。(センターフォーエコリテラシー参照)The Edible Schoolyard:http://www.edibleschoolyard.org/
⒂スローフード(slow food):1980年代半ばにローマ(スペイン広場)にファーストフードチェーン店(マクドナルド)ができた時にイタリアの伝統や家庭の味が忘れられてしまうのでないかと,その土地の伝統的な食文化や食材を見直そうという運動(スローフード運動)がイタリア北部ピエモンテ州のブラ町で始まった。1989年、国際スローフード協会設立。スローフードは、ファーストフードの対立概念(つまり不買運動)だけではない。(島村菜津参照)
⒃トランジション・タウン運動は、2005年秋にイギリス南部ボデン州の小さな町トットネス(totnes)で、パーマカルチャーの講師ロブ・ホプキンスを中心に始まった。ピークオイル後の地球規模の環境危機を乗り越えるための草の根運動の一つで、市民自らの創意や工夫そしてコミュニティの力を活用し、暮らしをゆるやかにスローダウンさせることで、持続可能な社会へ移行(トランジション)していくことを目指している。2010年11月現在、世界で300以上の地域がある。日本にも2011年5月現在で、23地域での活動がある。神奈川県では、藤野、葉山、鎌倉である。茅ヶ崎も準備中である。(NPOトランジション・ジャパンhttp://transitionjapan.cocolog-nifty.com/blog/intro4.html 英語 Transition Network: http://www.transitionnetwork.org/)(ロブ・ホプキンス参照)
⒄[生ゴミ資源化事業]おがわまちマップ:http://tubasa-u.com/eco-ogawa/bio/index.html、 NPOふうど:http://www.foodo.org/)
⒅エコビレッジとは、持続可能性を目標としたまちづくりや社会づくりのコンセプトである。1998年に国連が、持続可能なライフスタイルのモデルの「最良の実践例の100のリスト」の一つとして選んだものである。クリスタルウォーターズ(オーストラリア)やイサカ(ニュ−ヨ−ク州)など世界中に15、000ケ所あるそうだ。
⒆二酸化炭素の排出の少ない町/社会のこと。スマートシティ、脱炭素社会(低炭素型社会)とも言われる。オランダの「ゼロ・エミッションの町」ヘーア・ヒューホ・ワードウ市参照。