70年代に欧米社会で提起されてきた「近代家族」論とは、どのようなものなのでしょう。家族普遍論的な家族観に対抗して、「家族」は普遍的な概念でなく、近代に形成された「近代家族」でしかなく、近代と共に変異する集団概念であることが問題提起されていたのです。つまり近代社会で結婚の目的とされた「家族をつくる」の「家族」が、普遍概念でないことが解明され始めていたのです。
「近代家族」という概念は、家族普遍論が普遍的な家族の定義として把握していた家族観が実際には普遍的家族ではなく「近代家族」という歴史的な家族観にすぎないことを発見したのです。これまでの「普遍的家族論」が普遍的家族として定義していた家族観は、実のところ「近代」という歴史的時代に固有の家族のことを指して普遍的家族だと称していたにすぎなかったのです。
こうした「近代家族」論の端緒を開いたのは、フランスのアナール学派の歴史研究家であるフィリップ・アリエス(1914-1984)なのです。彼は1960年に『<子供>の誕生:アンシャン・レジーム期の子供と家族生活』という本を公刊しました。そこにおいて彼は、中世から近代にかけての家族構成員の感情(mentalite)の成立について詳細に描いたのです。彼によれば中世ヨーロッパには子供時代という概念が無かったのだそうです。子供は歴史のなかで、独自の固有の感情をもつ存在として見られたことはなかったのです。〈子供〉の発見は近代の出来事であり、新しい家族の感情は、そこから生まれたのです。かつて子供は「小さな大人」として認知され、7才までは動物扱いであり、7才以降は徒弟修業に出されたのであり、現代のように母親の所有物では無かったのです。このような子供観に変化が生じたのは17世紀の学校制度の故なのです。学校化によって子供は「純真無垢」が理想とされ、子供と大人が分離されたのです。男子の子供服も編み出され、絵画にも表象され始めたのです。
アリエスに影響を受けて、『近代家族の形成』(1975年)をものしたのが、カナダの社会史家エドワード・ショーターなのです。彼の近代家族の3要素は、1.ロマンス革命、2.母子の情緒的絆、3.世帯の自律性です。こうした近代家族論の「近代家族」の特徴は理念型として、次のようにまとめることができるのです。
落合恵美子(『21世紀家族へ』1994.[新版]1997.)は、近代家族の特徴として、(1)家内領域と公共領域との分離、(2)家族構成員間の強い情緒的絆、(3)子ども中心主義、(4)男は公共領域、女は家内領域という性別分業、(5)家族の集団性の強化、(6)社交の衰退とプライバシーの成立、(7)非親族の排除、(8)核家族の8項目をあげました。さらに「近代家族を統括するのは夫である、近代家族は近代国民国家の基礎単位とされる」を付け加える者もいます。また、近代家族の基本的性格として(1)外の世界から隔離された私的領域(2)家族成員の再生産・生活保障の責任(3)家族成員の感情マネージの責任の3点をあげる者もいます。
近代家族の特徴といっても、家族普遍論の家族観とあまり変わりがないではないかと疑問に思う人も多いと思います。家族とはこんなもの、家族とは似たり寄ったりで、こうした特徴は当たり前に思えてしまうこともあるでしょう。しかし重要なのは、こうした家族の特徴といったものが、まぎれもなく近代社会における近代家族の特徴であるということを確認しておくことなのです。「家族」というものは、歴史的に普遍なものではなく、近代以前には成立していなかった集団であり、近代になって初めて成立した集団にすぎないのです。