2016年度「国際学入門」711(月)『「働く」とはどういうことなのか?』
日本社会の「労働状態」(国際社会からの勧告) 椎野信雄
- ILO (International Labour Organization) 国際労働機関の基礎知識
全世界における労働条件の改善を通じて、社会正義を基礎とする世界の恒久平和の確
立に寄与すること (完全雇用、労使協調、社会保障等の推進)を目的とする国際機関。
1919年設立(国際連盟1920年の一機関):第一次世界大戦の大惨禍を2度と引き起
こさないように、労働の世界からの平和に向けた仕組みのため。
ベルサイユ平和条約第13編「労働」に基づく。(第二次世界大戦で頓挫。)
1944年フィラデルフィア宣言、戦後1946年ILO憲章(改正)、「国連」専門機関。
(フィラデルフィア宣言:「すべての人間は……物質的福祉および精神的発展を追求
する権利をもつ」)<再確認の根本原則>(ILO設立の原点に立ち戻る)
① 労働は商品ではない。
② 表現と結社の自由は、不断の進歩のために欠くことができない。
③ 世界のどこの片隅にでも貧困があれば、それは全体の繁栄を脅かす。
④ 窮乏に対する闘いは、(略)労働者および使用者の代表者が、政府の
代表と同等の地位において遂行する。
(ILO憲章:ILOの設置を定め、労働は単なる商品ではないこと、労働者の結社権、適
正な賃金、1日8時間・週48時間労働制、週休制、児童労働の禁止と年少労働の制
限、男女同一労働同一賃金原則(第100号)、労働監督制の実施などの労働に関する
一般原則を定めている。)次のような原則・理念の上に立っている。
・「世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができる」
- 「世界の平和および協調が危うくされるほど大きな社会不安を起すような不正、
困苦および窮乏を多数の人民にもたらす労働条件が存在する」
・「いずれかの国が人道的な労働条件を採択しないことは、自国における労働条件
の改善を希望する他の国の障害となる」
現在の加盟国は187カ国。(1969年にノーベル平和賞を受賞。)
日本は原加盟国(42ヶ国)のうちの1国として、1919年に加盟。(1938年に脱退、
サンフランシスコ講和条約調印の1951年に再加盟。1954年に常任理事国。)
(拠出金や人的協力では評価されている。)ILO駐日事務所。
(ILOの活動)もっとも重要なのは、国際労働立法とよばれる国際労働基準の設定で
ある。ILOの最高意思決定機関である総会は、各加盟国の政府代表2名、使用者代
表1名、労働者代表1名(3者構成の原則)から成り、3分の2の多数決によって
採択される「ILO条約」およびILO勧告によって国際労働立法を行っている。(条
約は、各加盟国が批准することで、法的拘束力を持つことになる。 勧告に、法的拘
束力はない。)労働組合と使用者の「社会対話」を推進することで。
現在、189の条約と204の勧告がある。
なかでも「労働での基本原則と権利に関するILO宣言」1998年で、労働組合
結成や団体交渉の権利▽強制労働の廃止▽児童労働の撤廃▽雇用や職業での差別撤
廃−の四原則の実現を明記し、原則ごとに二条約ずつ、計八条約を基本労働条約(中
核的労働基準で、最優先条約とされる)として定めた。この8条約は、全加盟国に
批准を求めている重要な条約である。「新宣言」中核的労働基準
加盟国の四分の三は、基本八条約をすべて批准している。EU諸国は基本条約を
すべて批准。主要七カ国(G7)では、米国が六条約、日本、カナダが二条約を未
批准。日本の未批准の2条約は、105号「強制労働の廃止」(未批准国は11カ国)
と111号「雇用と職業における差別待遇の禁止」(未批准国は13カ国)である。
105号条約には「ストライキ参加者に対する制裁禁止」があるが、日本では国家
公務員の労働基本権の制限や、国家公務員等の争議行為に関する規制(公務員のス
トライクに懲役刑があること)があることが条約に抵触するとみられている。
111号を批准できないのは、差別問題で違反があった場合、是正のための監督機
関が設けられていないからである。
なお、日本の条約批准数は189のILO条約のうち49条約である。OECD諸国の平均批准数は73条約(2013年時点)。全加盟国の平均は43条約である。(日本国憲法第九十八条2日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。)
日本は、1日8時間・週48時間労働の原則を定めた第1号条約、強制労働に関する第105号条約など、重要で基本的な条約を批准していない。日本政府は日本労働時間・休暇(条約の1割)、母性保護(183号)、雇用形態に関する条約の批准に消極的である。(それ故、長時間労働の放置、過労死・過労自殺などの問題が生起している。)
ILO活動の主目標:ディーセント・ワーク(decent work)(1999年第87回ILO総会)
「働きがいのある人間らしい仕事」
「ディーセント・ワークとは、権利が保障され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事を意味します。それはまた、全ての人が収入を得るのに十分な仕事があることです。」
「働きがいのある人間らしい仕事」とは、まず仕事があることが基本ですが、その仕事は、権利、社会保障、社会対話が確保されていて、自由と平等が保障され、働く人々の生活が安定する、すなわち、人間としての尊厳を保てる生産的な仕事のことです。
「公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言」2008年4つの戦略目標
- 仕事の創出社会的保護の拡充3.社会対話の推進 4.仕事における権利の保障
中核的労働基準の尊重遵守、良質な雇用確保、社会保護の拡充、社会対話の促進
(「ジェンダー平等の原則」が全ての目標を貫いている。)
日本政府は何故1919年採択に賛成したILO第1号条約(8時間労働制)を批准しない?
日本に特殊国条項(第9条)。
(労働基準法三六条の労使協定(三六協定)で大幅な時間延長ができる点などが抵触。)
日本の労働条件はILOが定めたもの(国際労働基準)とは大きく異なる。
国際労働機関では労働条件を具体的に条約・勧告として定め、監視機関を持つことによってすべての人にディーセント・ワークが実現するよう進めている。
(日本は批准していない最優先条約が多い)。これが日本国の「労働状態」である。
国連社会権規約委員会は、「過労死」問題について日本政府に改善勧告(2013年)。
2014年、過労死等防止対策推進法施行。(規制や罰則を定めるものではない。)