日本社会は若者に冷たい社会だと、指摘している社会学者がいます。(山田昌弘『なぜ日本は若者に冷酷なのか:そして下降移動社会が到来する』東洋経済新報社,2013)現在の日本は、親に頼ることのできない若者、非正規雇用を余儀なくされてしまった若者、そうした大半の若者に対して非常に厳しい格差社会になってしまったようです。
その一方で、内閣府の「国民生活に関する世論調査」(平成26年度)によれば、現在の生活に「満足」していると答えたのは、20代で79.1%(20代男性で78%,20代女性で80.1%)という数字もあります。20代の若者の8割弱が、現在の生活に「満足」しているというのです。確かに統計調査上では、20代の若者は現状に「満足」しているようです。しかし、本当にそうなのでしょうか。一説によれば、将来に「希望」を持てない人は、今の日常に(不満があるわけではないので)「満足」だと答える傾向があるそうです。
2014年4月に発表された「若者が幸せな国ランキング」The Global Youth Wellbeing Index(世界若者ウェルビーイング指数) (CSIS)の調査があります。これは世界各国の若者の状況を比較できるように、「市民参加・経済・教育・健康・情報技術・治安」の6つのテーマに即したデータを集積し指標化したものです。30カ国を対象にしたこの調査の結果は、1位がオーストラリア、2位がスウェーデン、3位が韓国で、続いて英、独、米、日本(7位)、スペイン、サウジアラビア、タイ・・・でした。(https://www.csis.org)
国際比較調査としては、wellbeing(=良好な状態)と「幸福」の差異や、指標項目の恣意性など、いろいろと問題もあります。だが日本に関する指標においては「市民参加」の項目が、30カ国中23位と非常に低い結果になっていることに注目したいと思います。低い理由としては、民主主義指数、若者政策の有無、選挙権年齢の指標が指摘されています。(選挙権年齢に関しては、今年から、世界標準の18歳に改善されたのは朗報かもしれません。)
さて、指標の二番目の「若者政策」とはなんでしょうか。社会保障制度の改革の進まない日本では、「シルバー民主主義」(高齢者の声が通りやすい政治)ゆえに、高齢者向けの施策が優先され、世代間格差が拡大し、「若者向け政策」が軽視されています。そうした中で、若者政策とはアドホックな付け足しの弥縫策ぐらいの認識なのではないでしょうか。その代表格が、上記の「18歳選挙権」導入の公職選挙法や国民投票法の改正などの政策と言えるでしょう。果たして、こうしたことが上記の国際調査の指標の「若者政策」だと言えるのでしょうか。
国際調査などで指標となる「若者政策」において、現在注目されているのは、「ヨーロッパの若者政策」です。ヨーロッパの若者関連の政策は、ヨーロッパ共同体 EC設立の条約 であるローマ条約を改正し、欧州連合の創設を定めたマーストリヒト条約(=EU条約)(1993年発効)となった改正ローマ条約の第3部「共同体の政策」第8編「社会政策、教育、職業訓練、若者」第3章「教育、職業訓練及び若者」の第126条と第127条を基礎にしています。ヨーロッパの若者政策においては、若者の社会参画が重要となり、若者の社会的包摂が目指されてきたのです。 このヨーロッパの若者政策のキーワードは、アクティブ・シティズンシップです。これは若者が「社会の主体的な市民の一員」であることを意味しています。ただし、この「社会参画」における「社会」の意味は、日本語の「社会人」における社会とは違うことに注意する必要があります。 ここで言う「社会」は、平等社会のことであり、平等な社会関係における相互扶助を意味しているのです。「社会」の一員になることの意味は、平等な社会関係において相互扶助する市民の一員となるということなのです。
そしてヨーロッパの若者政策についての白書である『欧州若者白書』「欧州委員会白書(欧州の若者のための新たな一押し)」が2001年に発行されています。
この白書は、グローバリゼーションを前提とした社会の変容における欧州の若者を念頭において、若者を若者政策の中心である「市民」として捉える若者政策の体系化を目指したものです。単なるペーパー上の政策ではなく、政策形成の際に、若者をこの政策形成過程に参画させる取り組みなのです。さらにこの白書は、若者政策におけるEU加盟国間の協同や政治連帯の形成、そして各国の若者政策に若者の存在を考慮する枠組などを提示しています。現在、EUの全加盟国27か国のほとんどが、若者政策の取り組みの基礎をこの白書に置いています。その結果、各国の若者政策では若者の参画がその中核を占めるようになっているのです。
2009年にEU理事会は「若者政策の新たな枠組2010-2018」を採択しました。「教育・労働市場で全ての若者により多くの平等な機会を付与すること」と「若者のアクティブなシティズンシップ・社会的包摂・連帯を促進すること」の2点を目的にしています。教育・雇用・職業訓練・社会参加などを含む若者に関わる全ての政策の形成過程の中核への若者の参画が求められているのです。
日本でも民主党政権下で、2009年に「子ども・若者育成支援推進法」が施行され、http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/17120090708071.htmそして子ども・若者育成支援推進大綱としての 「子ども・若者ビジョン(子ども・若者の成長を応援し、一人ひとりを包摂する社会を目指して)」が、2010年に作成されました。これは、ヨーロッパの若者政策の影響を受けたものなのです。したがって、(青少年を社会に適応させるのではなく)「子ども・若者が新しい社会を作る能動的な形成者になってもらうこと」のために、「社会形成・社会参加に関する教育(シティズンシップ教育)の推進」「子ども・若者の意見表明機会の確保」が記され、「子ども・若者育成支援施策の実施状況の点検・ 評価のために、子ども・若者の意見を聴く仕組みを設ける」と明文化されています。この法律は5年後に必要な措置が取られる、となっています。
現在、自民党は議員立法として「子ども・若者育成支援推進法の一部を改正する法律案」http://houseikyoku.sangiin.go.jp/sanhouichiran/sanhoudata/186/186-016.pdf
を提出しています。一部の改正となっている法案では、題名自体が「青少年健全育成基本法」に変わるのです。第1条の「児童の権利」条約の記述も削除され、第2条の「個人としての尊重、差別的取扱い、意見の尊重、最善の利益の考慮」の項目が削除されます。この改正案「青少年健全育成基本法」は、メディア規制三法だった「青少年有害社会環境対策基本法案」(廃案)の別名であり、『国家総動員法』との類似性が指摘されているものなのです。改正法案は、推進法が制定された時に廃止された青少年(健全)育成施策大綱に立ち戻るものです。日本の若者政策は、今や、若者参画の方向ではなく、青少年を、健全に育成する「対象」にする時代錯誤的な方向に向かうかもしれません。
ミクシテ20号(2016/7)